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 以下は平成19年3月24日付『産經新聞』「正論」に掲載された文章です。

 若干増補してあります。



動物文明から植物文明へ転換しよう/「力と闘争」より「美と慈悲」を優位に


──力と闘争に明け暮れる動物文明の跳梁跋扈を抑えつつ、木と森を維持し共存する美と慈悲の文明を世界に普及しよう──

(帝塚山大学名誉教授)

伊原吉之助


  乾燥と湿潤の文明差

 四大文明という。エジプト・メソポタミア・インダス・黄河。共に乾燥地帯に生じた農耕文明である。羊や山羊を飼い馴らし、乳を飲み肉を食べる牧畜と畑作(麦+雑穀)を併用する。この乾燥農耕文明は森を切り開き水の循環系を破壊する「奪う文明」である。

 シナでは宋代以来、江南開拓が進み、北方の畑作農耕文明とは別種の湿潤農耕文明が加わった。その後の発掘調査により、黄河文明とは別の長江文明が、黄河文明と同じかまたはそれ以上の古さを持っていることが判明した。

 湿潤農耕文明は植物文明である。木や森と共存する「与える文明」であり、外来物を受容する寛容の文明である。棲み分けつつ共存する。水がたっぷりあり、稲作+漁撈型で、家畜は少数の鶏と豚、主な蛋白源は魚である。

 この植物文明は環太平洋に拡がり、長江流域以南の地帯から、台湾・日本・マヤ・アステカに及ぶ。北米インディアンも森と共存する文明である。

 気性の険しい北人が性格温和な南人を支配する構造は、朝鮮半島や インドシナ半島といった小地域内でも見られる。シナの歴史で北京という北辺に首都があるのは、征服者が基本的に北方から来たからである。

 この南北の特徴は、北方が一神教的・一元論的・指導者主導型(専制支配型)・異端排除的で、南方が アニミズム的・多元論的・多種多様の棲み分けによる平和共存で合議型である。


  闘争略奪の千年紀

 第二の千年紀(1001〜2000)は、キリスト教徒の十字軍で始まる戦乱の時代であった。弱肉強食の闘争が続き、強者が繁栄を享受した。

 だが今や第三の千年紀(2001〜3000)に入り、世界人口が年々一億づつ増えている。第三の千年紀が9.11テロで幕開けしたのは弱者の反撃開始なのか、それとも闘争継続の象徴なのか?

 闘争文明は「収奪文明」だから、騒乱が続き、地球資源を収奪しつくして自滅する恐れがある。

人類が無事生き延びるには、自己中心の独善を抑え、他者・他種族・環境との平和共存・棲み分けが必要である。

 そのためには、過去千年間跳梁跋扈した奪う文明ではなく、与える文明・寛容の文明・優しい文明・リサイクル文明である植物文明に転換した方がよろしい。

 つまり、四大文明の後裔(欧米露中)に、文明観を切り替えて頂く必要がある。

 貴方がたの文明は「奪う文明」ですよ、その文明が生んだ工業社会は資源浪費による省力化で地球環境を壊してきました。かつて王侯貴族が家来や召使に働かせて楽をしたように、工業文明は、機械に働かせて人間が楽をする仕組みです。これはエネルギーを浪費し、人間を物欲の塊にして人間地獄を招来し、人類を無限に争わせますよと。


  美と慈悲の文明へ

 だが説得で文明が転換するとは思えない。第二の千年紀に力がのさばったのは、力が最も簡便な支配法だったからである。優しい美と慈悲の文明が野蛮な奪う文明に屈伏させられたのは、美と慈悲が反撃力を欠いていたためである。

 美と慈悲の文明を高度に磨き上げたのは、日本人である。

例えば石平『私は「毛主席の小戦士」だった──ある中国人哲学者の告白』(飛鳥新社、2006.10.19) の後半、特に第五章 私が見惚れたこの「美しい国」日本、を見よ。

ほかに、中西輝政『国民の文明史』(産經新聞社、平成15.12.20)、安田喜憲『文明の環境史観』(中公叢書、2004.5.10)など。

法隆寺の棟梁、西岡常一さんの著書も貴重である。例えば、西岡常一・小原二郎『法隆寺を支えた木』(NHKブックス、昭和53.6.20)、西岡常一『木に学べ──法隆寺・薬師寺の美』 (小学館、1988.3.1) などがある。

 19世紀に奪う文明の代表選手英米が、強者の国際標準「自由貿易」の旗幟を掲げて東アジア に 押し寄せてきた時、日本は独立を守り、美と慈悲の文明を維持した。やがて文明開化・富国強兵策により反撃力も身につけ、ロシヤの東漸を跳ね返した。20世紀に世界大不況のあと、米英が貿易戦争で日本を追い詰めた時、西洋と東洋は原理が違うと棲み分けを図った日本は、大東亜共栄圏という共存共栄地域を設定しようとした。

米国に押し切られて敗戦の憂き目に遭ったものの、植民地独立には貢献した。大東亜戦争の基本は文明の衝突であって、戦争犯罪ではない。

 川勝平太によれば、現在日本は、パックス・ヤポニカの第三期にある(『文化力──日本の底力』ウェッジ、2006.9.25)。第一期は平安時代 の 350年間、第二期は江戸時代の 270年間、第三期は現在進行中だと。

 勝負どころが二つある。一元論を振りかざして力で押しまくる米国の覇権、核武装を中核に海洋進出・宇宙進出を図る中国の覇権と、どう共存を図るかである。