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伊原註:これは「東京台湾の会」で7月17日 (木) に行った講演を、8月初め段階で書き下ろしたものです。

     東京台湾の会の機関誌『台湾研究資料50』 (平成20年9月1日発行)に11頁に亙って掲載されました。

    8月初めの執筆です(9月3日、僅か増補)。




    台灣の將來予想と日台關係




     國民黨の一黨獨大態勢


  1月の立法院選で中國國民黨は 113議席中81議席と立法院(國会)議席の 3/4を占めました。

  諸派5議席が皆青陣営なので、あわせて 3/4を超えます。

  野黨の民主進歩黨は27議席と、1/4 を切ります。


  3月の總統選で中國國民黨候補の馬英九が民主進歩黨候補の謝長廷を 220萬票もの差をつけて当選しました。得票率では 58.05% 対 41.55% の差です。

  かくて國民黨は、中央の執政権を完全掌握しました。


  そして國民黨は、05年12月の統一地方選で23縣市中17縣市の首長を制した上、その下級の郷鎮市長では圧倒的多数を占めていますから、地方も圧倒的に制しているのです。


  陳水扁の民進黨政権は、僅かに總統と行政院 (内閣) を制しただけでした。

  國民黨はそのほかに、立法院と地方自治体を制しているのです。


  全国を制した國民黨は、一黨獨裁再現の悪夢を惹き起します。

  一黨獨裁時代の國民黨は「漢族不兩立」といって「反共」を掲げて中共政権と対立していましたが、 4年前の2004年の總統選で負けて以來、連戦が主導する國民黨は「聯共制台」路線を取り、中共寄りにずれましたから、その後継馬英九國民黨の一黨獨大を見て、日本は「反日親中」政権出現の危険性を意識せざるを得ません。


     台灣は獨立できない?


  台灣の前途に悲観的な意見は少なからずあります。


  「30年の努力は水泡に帰した」 (黄惠瑛「台灣の聲」4月27日)

  「台灣本土派の挫折」(伊原吉之助「世界の話題」『關西師友』5月號)

  「ヒトラーを選んだ ワイマール ドイツよりも恐るべき状態に陥った台灣」(伊原吉之助『戦中派』第 420號)

  「腐敗と専制支配の中華文明が復活」「台灣海峽が半分に縮った」(中西輝政『VOICE』5月號)

  「總統選の結果を見ると、台灣人はまだ國を作る力を持っていない」(李登輝。5月27日李登輝学校での講義。『日本の息吹』7月号)

  「砂塵と化した台灣獨立の夢」(白馬崇峰『月刊日本』8月號)


  中國國民黨の歴史を知る者ほど、この一黨獨大態勢の出現に悲観的になります。

  古くは陳儀が台灣を占領した当初に何をしたか、です。


  ジョージH.カーの『裏切られた台灣』(同時代社、平成18年) が如実に書いています。

  また、蒋家支配の下で無実の罪に問われた台灣人の血のしたたる手記が沢山出ています。

  過去の國民黨の實績を知れば知るほど、國民黨に政権を委ねる危険を考えざるを得ません。


  その資料では古すぎる、國民黨は20世紀末の90年代に李登輝が民主化を進め、さらに21世紀に入って世代も政策も変っている、という反論に対しては、二つ指摘しておきます。


  第一、李登輝がせっかく「中國」國民黨を「台灣」國民黨に変えかけていたのに、政権を失ったあと、李登輝から黨主席の座を奪った連戦が「中國」國民黨に引戻した。


  第二、その連戦率いる「中國」國民黨が、野黨になってから何をしたか?

  特に2004年、陳水扁總統再選後にどれだけ理不尽な政治行動を繰返したか。

  「台灣の政治改革年表・覚書」を殆ど毎日記録してきた私には、いくらでも「理不尽な」事例が列舉できます。


     馬英九に期待する若者


  悲観的でない予想をする人が居ます。


  その一人が岡崎久彦さんです (正論『産經新聞』3月26日、及び6月13日) 。

  台灣の有権者は「國民黨政権=統一への道」とは考えず、民主体制下の普通の政黨、つまり次の選挙で取替え可能な政黨だと考えて選んだらしい、その予想が間違っていないならば……と台灣の前進に期待します。


  もう一人が、台灣在住ジャーナリストと自称する酒井亨さんです (『週刊現代』5月3日號、168頁) 。

  馬英九の当選は、馬英九自身が本來の "親中色" を大幅に薄め、「台灣の主体性」を強調したことによる "安心感" に基づく。

  馬英九に「民進黨より民進黨的」というほどの反中姿勢をとらせるほど、台灣の「反中国感情」と「台灣化」の流れは強い、だから馬英九は台中傾斜をそう簡単には強められない、と見ます。


  そして、台灣の若者は、圧倒的に馬英九に投票しました。中国資本百% の台灣の有線テレビ TVBS が總統選後に發表した世論調査では、20歳〜29歳の若者層の馬英九投票率は實に 68% を占めました。

  でも私は、馬英九を選んだ台灣有権者、特に若い有権者の甘い期待は、歴史に対する無知と政治に対する無邪気に由来する誤認、と推察して居ます。

  そうでないのなら、台灣のためにも日本のためにも幸いなのですが……。


     当選後の馬英九の変貌


  馬英九は總統選で、民進黨以上に台灣本土派ぶりを演じて当選しました。

  ところがその馬英九が当選後変身し、總統就任後、もっと変りました。

  特に「中国接近」が著しい。

  例えば当選後直ちに、胡錦濤が認めたと称して「92年合意」という「一中承認・各自表明」論の採用を宣言しました。

  これは「一中」を認める點で、台灣にとって併呑の危険がある政策です。

  胡錦濤を含めて、中国側は常に「一中」はいうが「各自表明」は一言も言っていない。

  中国にとって「92年合意」とは、台湾に「一中」を認め指すための罠でしかないのです。

  何はともあれ「一中」を認めさせさえすれば台湾は中国の一省になり、中央政府とは対等の話合いができなくなりますから。


  馬英九はさらに5月20日の總統就任演説で「胡錦濤と理念が一致する」ことを認め、「大陸13億」人民を「同胞」と言いました。

  中国人が同胞なら、台灣の前途は台灣人だけでは決められなくなります。

  だから國民黨に批判的な台灣人は、馬英九の就任演説を「中共追随宣言」だとか、「降伏宣言」だとか批判します。

  馬英九の公認中国政策は「不統・不獨・不武」という「3ノー」政策です。

  即ち、「統一せず・獨立せず・武力行使せず」です。

  また、「任期中 (馬英九は2016年まで 2期 8年やるつもり) には統一の談判はしない」とも言っております。でも、以前に言明した「終局的統一」の旗は取下げていませんから、中国に接近する一方の路線です。

  それに、交渉とは相手のある話ですから、こちらの考えが通る保証はどこにもありません。

  「3ノー」は台灣の自制ですし、「92年合意」は上述した通り、「一中」を受入れやすくする煙幕に過ぎませんから、中国との交渉の歯止めにはならない。


  馬政権の中国政策は、正に台灣併呑への道なのです。


     相変らずの立法院


  ところで、青支持の新聞『聯合報』がこう嘆いています (7月6日付1面)。

  今や台灣には「一人の總統、二大野黨があって與黨が存在しない!」と。

  これは、7月4日の立法院で、馬英九總統が指名した監察院人事が、立法院で同意権を行使する際に副院長を含む4名の落選を出したことに対する嘆きです。

  この、一黨獨大政権にとって起きる筈のない落選劇が起きたのは、馬英九が一方的に決めた人事に反撥した國民黨主席と國民黨立法委員が組んだ「お灸」だったようです。

  ちょっとしたごたごた劇に過ぎず、叛乱というほどの反対でないことは、次の考試院の人事が全員パスしたことからも判ります。

  全員の同意を得るためには、馬英九總統と呉伯雄國民黨主席がそれぞれ82本の電話を國民黨立法委員に掛けまくる必要があったのですけれども。


  それにしても、馬英九は、國民黨が充分掌握できていません。

  先に、國民黨は今年1月の立法院選で 3/4の議席を掌握したと言いましたが、陳政権の下で民進黨と競り合っていた時の國民黨は、比較的一致團結していたのに、野黨になった民進黨との議席差が大きく開くと、今度は與野黨の間でより、行政院と立法院で同じ國民黨員同士が争い始めました。

  まとまりが悪くなったのです。

  だから行政院が出した追加予算案の表決が七十余回も行われたりします。

  これでは「一黨獨大」による一方的な権力行使は、当分氣遣わなくて済みます。

  いつまでそうなのかは判りませんが。


     物価上昇と株価下落


  馬英九が總統選で勝った最大の理由は、景氣回復の期待を持たせたことです。

  國民黨がメディアを通じて大々的に宣伝したのが、民進黨政権では景氣は回復しない、國民黨に任せると忽ち景氣が回復し、株価も上昇する、という宣伝です。

  「馬上好」 (「馬英九が就任すれば」「直ぐ良くなる」) が選舉スローガンでした。

  そして多くの有権者が「直ぐ良くなる」と信じて、いや信じ込まされて、馬英九に投票しました。

  ところが聞くと見るとは大違い。

  馬英九就任以来、物価は上がる、株価は下がる、往復びんたで民衆の購買力は激減しました。


  ここで挿話──


  事態が捨て置けなくなった6月28日、「九萬兆」の三巨頭 (總統馬英九・副總統蕭萬長・行政院長劉兆玄の三人) が、行政院景氣專案小組召集人邱正雄 (行政院副院長) と四人で「円卓会議」をやり、應急對策「八大措置」を決めました。

  このとき、劉兆玄行政院長が「馬上好」を「馬上漸漸好」と言換えました。

  景氣回復は「直ぐ」ではなく、「次第に」良くなる筈だということにしたのです。


  これに、青支持の『中國時報』のコラムが早速噛み付きました (6月29日二面) 。

  「馬上漸漸好」だと?

  「馬上好」は希望に満ちたスローガンだが、「馬上漸漸好」では落ち込むねえ。

  重点が「馬上」から「漸漸」に移るからだと。


  さて、本題──


  まず物価です。

  陳水扁前政権は、3月24日、政権が交代する5月20日まで物価、特に石油をはじめとするエネルギー価格を凍結しました。

  仕入れ値が上がったのに舊來の安値で売ったのでは、政府財政が赤字になるばかりですから、劉兆玄内閣は發足早々の5月22日、値上げに踏切りました。


  石油・ガス・電力・水道。


  これらは全ての製品価格を上昇させます。

  特に食糧の値上げは、民衆の生活を直撃しました。


  次に株価です。

  台灣では、大學生を含む庶民が日常的に株を売買して財産を増やしています。

  馬英九もそれを承知の上で、

  「馬英九が当選すれば、株価を示す加權指數は忽ち2000點上昇する」

  と豪語しました。

  ところが、加權指數は下がり続けました。

  馬英九が總統に当選した直後こそ、一時 9000 を超えましたが、その後は下落する一方。

  6月20日の總統就任満 1ヶ月には7902。

  新聞は「3.51兆元が蒸発した」と書きました。

  6月27日の終値は7548。

  新聞は「投資家一人平均53.6萬元蒸発」と書きました。

  7月16日の終値は 6710 と更に下がっています。

  馬英九就任後の株価最低点は 6708點。

  8月に入って 7000點を中心に上下しました。

  8月末まで7000點を維持していましたが、9月3日には 6584.93點と、大幅下落しています。




  株価下落は世界的傾向であるものの、台灣が飛抜けて酷いのです。

  5月19日と6月27日の終値を比べてみましょう(『自由時報』6月28日 3面) 。


    台 灣 指數 18.8%

    香 港 指數 14.3%

    フランス指數 13.9%

    イギリス指數 13.5%

    米ダウ 指數 12.1%

    濠 洲 指數 12.0%

    韓 国 指數 10.7%

    シンガポール  8.8%

    米ナスダック  7.7%

    日 本 日經  5.1%


  そこで当然、馬英九總統の支持率(台灣では滿足度といいます)が落ちます。


  因みに、陳水扁の滿足度/不滿足度の比率は、当選直後の3月30日に 73%/08%、就任 1ヶ月後の6月18日に 82%/06% と、就任後に期待が高まっております。


  馬英九の滿足度/不滿足度の比率は以下の通り。


  青支持の『聯合報』の調査:

   5月20日 66% /10%

   6月19日 50% /30%

   7月20日 40% /43%

   8月25日 47% /37%


  民進黨の調査:

   4月7日 71.3/22.5

   5月27日 54.8/32.5

   6月5日 50.8/42.7

   6月30日 39.3/53.5

   7月15日 37.1/56.7

   8月22日 36.9/57.0


  台灣の世論調査は夕方から晩にかけて電話での聴取り調査です。

  だから調査主体によって結果が違ってきます。

  青陣営の問に、緑支持者は回答を拒否したり心にもない答えをしたりします。

  同陣営の人でも、必ずしも本音をいうとは限りませんし、本音などない人も沢山居ます。

  その時その時の思いつきで答える人が多いのです。

  要するに、どの調査も信頼性が低い。それでも趨勢が判ります。


  今回判るのは、馬英九は就任後、かなり人氣が落ちているということです。

  それが爆発しないのは 7月から始る「チャーター便の週末運航」と「中国人観光客の訪台」に藁をも掴む期待が寄せられているからです。


     中国人観光客頼み?


  中国人観光客の台灣訪問は、これまでも極く限定的に実施されていました。

  馬英九が總統選で公約したのは、次のような計画です。

  舊正月や重要選舉の前後にだけ実施されていた チャーター便を週末の 4日間(金・土・日・月)に限って定期便化し、一日3000人を上限として受入れ、お金を落としてもらう。

  これで台灣企業家の中国往復も便利になる、と。


  5月26日〜29日に中國國民黨主席呉伯雄が訪中して中国共産党総書記胡錦濤と会談しました。

  6月11日〜14日には海峡交流基金會董事長江丙坤が訪中して海峡兩岸關係協会会長陳雲林と会談して細目取決めをしました。


  劉内閣は、今年中にこれを毎日定期運航するよう拡張すると言っていますが、中国との直航を危ぶむ声も少なくありません。


  第一、台灣側が想定するほど、台灣經濟に対する刺戟効果はない。

  むしろ、粗野で不潔な中国人が増えることによるマイナス、とりわけ清潔好みの日本人客が減る懸念がある。


  第二、台灣の門戸開放は、台灣のためより、中国に商機を與える (『自由時報』7月1日社説)。


  第三、台灣側が 8つもの空港を中国航空機に開いたのは、安全保障上、重大問題である。

  もし中国側が民航機に軍隊を積んできたら、台湾の重要 8空港が忽ち制圧されてしまうと。

  台灣は、首都台北から遠い桃園國際空港だけでなく、台北の都心部にある松山國内空港まで中台直行便に開きましたから、安全保障上の危険は大きいのです。


  そして、この危惧を実証するかのような軍事演習を中国側がやりました。

  台灣の『自由時報』が6月29日付 2面で報道した情報です。


  6月20日に新華社が写真入りで報道したところによると、人民解放軍と中国民用航空局は18日、河北省石家莊空港で有史以來初の「航空緊急投入搬送訓練」をやった。

  8機の民間航空機を徴用して特殊作戦部隊を輸送し、降りた空港を瞬時に制圧して作戦指揮所を確保する作戦です。

  輸送するのは軍隊と落下傘兵用の突撃車・レーダー車・通信車・偵察車など。

  演習は 5段階あり、輸送計画・直前の準備・快速搭載・飛行掌握・緊急荷卸し。

  新華社が写真入りでこれを報道した意図は明らかです。

  台灣を含め、全世界に「中国は断乎台灣を併呑するぞ」という メッセージをばら撒いたのです。

  台灣側はこれを警戒している風はありません。

  八方破れのまま、その日暮らしを続けているように見えます。


     馬英九と連戦の世代間葛藤


  總統馬英九の狙いは馬政権の台湾恒久支配だなどと言われますが、その前に、國民黨内に於ける世代交代の葛藤があります。

  彼は、台北市長時代から、周囲に若者を集め、親分風を吹かしていました。


  党内の世代交代に挑戦したのが、05年7月の國民黨主席選挙です。

  連戦が「後進に道を譲って、今回、中國國民黨主席を退任したい……」と言ったとき、馬英九は、では、と連戦を名誉主席という隠居所に送り込み、自ら立候補して世代交代を目指しました。


  連戦は引退するつもりなどなかった。

  彼は、「いやいや、そう言わずにもっと続けて下さい」と言わせるため、引退を口にしたのです。

  馬英九はそれを知ってか知らずか、素知らぬ顔で世代交代をに踏切りました。

  だから連戦は、馬英九に恨み骨髄です。


  同時に立候補していた王金平は、「連戦主席が出馬されるのなら、私は立候補を取下げます」と言って連戦に秋波を送った。

  これ以来、連戦は王金平と組み、馬英九とは敵対關係にあります。


     賣台派と抵抗派の争い


  連戦と馬英九の闘いは、世代の差だけではありません。中共との距離に大差があるのです。

  連戦は、04年3月の總統選に負けたあと、中共に投じました。


  南京の蒋介石政府に投じた父・連震東の二の舞ですね。

  05年4月26日から5月3日まで、70名の大代表團を組んで、「平和の旅」と称して訪中します。

  このとき、4月29日に北京で胡錦濤中共総書記と會談しました。

  これを中共側は「第三次國共合作」と見て、それ以來、台灣併合は時間の問題と考え始めました。


  この會談で、連胡兩黨首は五項目合意を達成します。


   1) 中台對話再開の促進

   2) 敵對状態の終結

   3) 經濟の全面交流と經濟協力機構の創設

   4) 台灣の國際活動參加を協議

   5) 國共定期交流機構の構築


  中共はこれで中國國民黨を取込み、政府間でなく、政黨間に太いパイプを設けたのです。

  中共は、口では「台灣人民に大きな期待を寄せる」と言いつつ、交渉相手としては、中国人しか考えていません。台灣人を相手にする氣などないのです。

  中国人とは中華思想の持ち主のことです。

  彼らは、周辺居住者は蠻夷としか見做していないのですから。


     純粋中国人と誇る連戦


  連戦は本省人と言われていますが、中身は中国人です。

  父は先に言ったように、日本統治時代に蒋介石政権に投じた連震東。

  母も妻も外省人。

  本人は中国西安に生れ、中国で基礎教育を受けて、日本の敗戦後に台灣に來ました。

  連戦は訪米したとき、「私は純粋の中国人だ。そしてそれを誇に思う」と言い放っています。


  この連戦訪中團のあと、親民黨の宋楚瑜も、新黨の郁慕明も中共詣でをしており、台灣の外省人の主流は、このとき中共との連携を成し遂げたのです。

  だから國民黨名誉主席の連戦も、親民黨の宋楚瑜も、國民黨主席呉伯雄と共に北京五輪の開会式に出席します。


  馬英九は、これら先輩グループが中共に投じたことに一線を画そうとして、世代交代を進め、台灣人を取込んで権力基盤にしようとしているのです。


  それに対して、中共と結託したグループは、台灣では少数派となり、先細りするので、胡錦濤の手先となって13億大陸人民を「基盤」だとして「少数民族」に転落する台湾人を脅して台湾での君臨を続けようと企んでいるのです。

  この野望を達成するには、、馬英九をも一味に捲込み、中共の手先として行動させる必要があります。

  かくて連戦と馬英九の間に、陰に陽に葛藤が生じている訳です。


  在台中国人たちのこの二派対立の構図を理解しておかないと、馬英九政権の性格が判りません。


  つまり馬英九は、中共の手先となった先輩と一線を画して、若い世代を基盤に、台灣で多数派を占める台灣人を抱込みつつ、馬英九派で國民黨も台灣政界も牛耳ろうとしているのです。

  馬英九は中共と中共に投降した先輩たちから強い圧力を受けています。

  馬英九が中共に投降するかどうかのリトマス試験紙は、訪中+胡錦濤との会談です。

  これをやらぬ間は、馬英九はそれなりに中共に抵抗しているとみてよいでしょう。

  馬英九が國民黨主席呉伯雄からしつこく「黨主席兼任」を迫られながら頑として拒んでいるのは、國共会談を避けるためかも知れません。

  その馬英九の ブレーン に誰が居るか?


     馬英九の腹心は?


  ここでは三人だけ舉げておきましょう。

  彼が、「私が信頼する 2人の相談相手」というのが劉兆玄と金 (愛新覺羅) 溥聰です。

  信頼する理由=「私に提言する人は一杯居るが、この 2人は、私が訊いたときだけ答えるから」

  馬英九は、人からあれこれ指図されるのが嫌なんでしょう。


  このうち、劉兆玄は今回、行政院長に起用しました。

  43年5月10日、湖南省衡陽市生れの65歳。台灣大學化學系を卒業したあと、カナダの大學で化學の修士・博士號を取りました。

  歸國後、國立清華大學で副教授・教授・學長を務めます。

  その間、行政院國家科學委員會で行政経験も積みます。

  その後、私立東呉大學學長に転じ、これが「現職」でした。

  實務能力があるとされ、交通部長や行政院副院長もやっています。

  変ったところでは、趣味が「武侠小説」を読むことなんですが、趣味が高じて武侠小説を執筆・出版までしました。

  夫人錢明賽さん63歳は、氣楽な生活が好きで、夫が繁忙極まる政治家になることに大反対です。


  行政院長だと、實力はすぐ判ります。

  後述する尖閣沖の台灣の魚釣漁船衝突沈没事件での対応を見る限り、政治家としての手腕は期待薄です。

  隣國との紛争で「開戦を排除しない」などと口にするのは軽率極まりないからです。

  お坊ちゃんの馬英九並の人物ではないか?


  馬英九が信頼する二人目が要注意です。金溥聰です。金とは滿洲族を意味し、つまり愛新覺羅の家系に属します。

  溥儀と同じ文字を使っているので、大変な爺さんかと思いきや、年寄りではないらしい。

  彼は馬英九の台北市長一期目に副市長を務めたほかは、表に出ず、黒幕に徹しております。

  メディア の取材は絶対受けないそうです。

  馬英九が總統選で「中南部の票がなかなかとれない……」と嘆いたとき、中南部の民家に泊り歩いて民衆に親しむ「ロング・ステイ」を勧めて見事、民進黨の票田から票を奪いました。

  私は、滿洲族の彼がなぜ、馬英九のようなお坊ちゃんを支えるのか、に興味がありますが、それが判るのはずっとあとのことでしょうね。


  三人目が楊永明です。64年7月13日生れの44歳。

  台灣大學政治系の教授で、國家安全會議の諮問委員。

  専門は国際法・国家安全保障問題・日本研究。夫人が日本人と伝えられます。

  日本語が流暢で、日本語の著書もあり、最近、「中曽根康弘賞」を受賞しました。

  一時、許世楷の後任の駐日代表に選ばれたと メディア が伝えましたが、空振りでした。


     野黨は再建できるか?


  野黨に転落した民進黨は、總統選で四天王(謝長廷・蘇貞昌・呂秀蓮・游錫〈方方/土〉)が、總統候補を爭って以來、分裂対立し、再建の見通しは明るくはありません。


  先ず、立法院選敗北のあと、陳水扁総統が黨主席を引責辞任します。

  黨主席を受継いだ謝長廷も、總統選敗北の責任をとって主席辞任を表明しますが、選挙で正式に後任者を決めるまで留ってほしいと請われて留任しました。


  5月18日、民進黨は黨主席選挙を行いました。

  立法委員蔡同榮を含めて 3人立候補しますが、やがて蔡同榮は辜寛敏を推すといって辞退し、結局、獨立派元老の辜寛敏と若手の蔡英文の一騎打ちとなりました。

  そして蔡英文が勝って、黨創立以來、初の女性黨首となりました。


  蔡英文=56年8月31日生れ、51歳の獨身女性。

  米国留学が多い台灣では希少価値のある英国 LSE(ロンドン經濟学校=ロンドン大學の母体)出身の學者です。

  國立政治大學や私立東呉大學・國貿研究所などで教えたあと、國家安全會議の諮問委員となる。

  行政院大陸委員會主任委員を務めて「穏健な」大陸政策を指導しました。

  李登輝のブレーンとして「台灣と中国は特殊な国と国の關係」という所謂「二國論」を提唱したことで有名です。民進黨政権では、民進黨籍立法委員になり、行政院副院長もやりました。


  この黨主席選挙で、民進黨は投票権者25万6千余人中、13万人 51.14% が投票しました。

  この比率を多いと見るか、尠いと見るか?


  選舉で大敗して意氣上がらぬ民進黨にしてはいい線だという見方と、有権者の半数しか投票せぬようでは、黨再建は覚束ないという見解があります。

  私は、そこそこいったものの、いま一つ氣勢が上っていないという印象を持ちます。


  蔡英文が、總統選で謝長廷の足を引っ張った新潮流系の支持を受けているから期待できない、との意見もあります (例:金恒〈火韋〉『自由時報』5月17日付, 15面) 。

  ですが結局は、黨主席としての蔡英文の實績を見るしかない。


  實績の第一は、民進黨が遺した莫大な選挙の借金の返済です。

  蔡英文は、少額募金運動による支持者恢復運動を始めました。

  一つは、1000元 (3500円) の拠金の振込を求め、できるだけ大勢の人に民進党を支持して貰おうという狙いです。

  もう一つは、 1萬元の食事募金會を各地で催し、差額を収益として黨財産にすることです。

  何れも、募金と支持者固めの二兎を追う運動です。

  但し募金運動としては金額が細かすぎて、一億元余の借金に対し、少額募金で集めたお金は 9月 1日現在でやっとその二千萬元に過ぎません。この借金返済の重荷が、民進党に当分つきまといます。


  實績の第二は、7月20日に開いた黨大會のさばきぶりです。

  この大會で、「蔡英文時代來たる」と言われました。

  許信良をはじめ、姚嘉文・陳水扁・謝長廷・蘇貞昌・游錫〈方方/土〉と、歴代黨主席を集めた上、會議を見事に裁いたからです。


     新黨首蔡英文の魅力


  特に、縣市長と郷鎮市長の候補公認について、これまでの黨員と黨支持者の投票で選ぶ初選方式を、黨中央の指名による徴召方式に改める議題では、「黨中央の権力拡大」「中央集權」と反対する地方代表をうまくいなし、縣市長は従來通り、レベルが下の郷鎮市長は徴召方式にすると裁いて通しました。

  蔡英文が大會議事をすんなり裁いたのは、「大會提案の全議案に通暁していた」ためですが、「今大会では蔡の言葉が終始一貫通った」とされ、蔡英文の威信がにわかに高まりました。


  この大會の前に實施・發表されたものながら、台灣の有線テレヒ TVBS が7月16日に發表した「台灣十大政治家支持率調査」でも、野黨黨首の蔡英文が一位に選ばれています (数字は満足/不満の百分比) 。


   1 蔡英文民進黨主席 49/19

   2 王金平 立法院長 45/25

   3 呉伯雄國民黨主席 43/33

   4 蘇貞昌元行政院長 42/20

   5 李登輝 元總 統 32/34

   6 蕭萬長 副總 統 31/35

   7 馬英九  總 統 30/49

   8 謝長廷元行政院長 30/42

   9 劉兆玄 行政院長 28/50

   10 陳水扁 前總 統 18/47


  では、民進黨は再建できるか?

  私はなお、疑問を抱きます。

  民進黨は口舌の徒の政黨に過ぎない、という懸念が拭えないからです。

  今回の第十三期黨大會に集った人材が創立以来の古顔ばかりで、蔡英文を含む極く少数の新顔を除いて、人材が増えていないのです。

  特に私のいう「實務家」が、黨員はもとより、支持者にも尠い。陳水扁当選で大勢馳せ参じた台灣人企業家が、民進黨政権の反企業路線のため、どんどん離れて反民進黨に立場を移しました。


  もう一つの問題は、民進黨内で、世代交代の動きが見えないことです。

  若手黨員に「乃公出でずんば……」という気概がない。

  これでは、一切合切を抱えている國民黨に対抗するには力不足を免れません。


     米中馴合い態勢の成立


  さて、日台關係の將來を考えねばなりませんが、その前に、米中關係が要注意です。

  米中が結託して台灣に圧力を加える關係が、2003年夏以来始まりました。


  陳水扁總統は 2003年夏に、翌年の總統選に向け、準備を始めます。

  先ず7月14日晩、陳總統が民進黨立法委員を招宴した席で、國民投票を總統選と同時に実施すると宣言します。まだ「公民投票法」はできていませんでしたが、断乎たる實施宣言でした。


  これで困ったのが中共です。

  台灣に強硬態度を見せると贔屓にしている國民黨に不利になる。

  軟弱な態度をとると、台獨派がのさばる。

  何もしないと、好き勝手やらせてしまう。

  困り果てて、外交部長李肇星が7月16日、国務長官パウエルに電話して相談の上、21日に国務院台湾事務?公室(国台?)の正副主任陳雲林・周明偉が訪米し、台灣の國民投票を抑えるよう米政府に頼み込みます。

  これが中共の「經美制台」策(米国に台灣を抑えさす政策)の出発点です。


  陳水扁の勝手な動きに苛立ちを覚えていた米国がこの依頼に応じたことが、2003年12月9日に判明します。訪米した温家宝首相を ホワイトハウスに迎えてブッシュ大統領が「台灣獨立に反対」「一方的な現状変更に反対、現状変更に結びつく言動をする台灣の指導者に反対」と言明するのです。

  これ以來、米中結託して台灣を抑える構図が出来上がります。


  アメリカの ワシントンにある保守系シンクタンク「ヘリテージ財団」の古参研究員ジョン・タシクが、「ブッシュ政権に中国が仕掛けた『台灣共同管理』構想」というインタヴュー記事を『SAPIO』4月23日號に掲載しています。

  タシクは、馬英九の勝利を「中国の米国利用策が功を奏した選挙」と断定します。

  この「中国の米国利用・台灣圧迫策」に関連して、最近起きた二つの出來事を検証しておく必要があります。


     米国は馬政権を警戒?


  第一は、ブッシュ政権の対台武器売却 110億ドル凍結論です。このニュースは、6月9日の『国防ニュース』、6月10日の『議会ニュース』が伝えました。AH64D ヘリ30機/UH60ヘリ60機/潜水艦8隻/PAC3 パトリオット ミサイル /F-16戦闘機66機の売却を当分凍結する、というのです(P3C オライオンは別)。

  これは、馬政権の対中急接近を見て米国が危うさを感じ、武器売却を控えた、というのが真相のようです。

  ある米国人曰く、「行政院長や国防部長が隣国に対して軽率にも戦争を排除せずなどと口走るような国に、重要な武器は売れませんよ」


     米国は台灣を護持?


  第二は、6月19日、ライス国務長官が『ウォール街ジャーナル』編輯陣の質問に答えた談話です。台灣を簡単に中国に渡さぬ意味を籠めた? と推察できる発言です。


  「馬英九の当選は台中關係を根本から変える。これは対台關係改善の好機ではないか」


という質問に、ライス長官、答えて曰く、


  「そうなりましょうね。米台關係は幸い好調です。陳水扁は國民投票という完全な挑発政策をとったから危なかったが、政権が代ったので、兩岸關係の改善が期待できます」

  「そこで我国の役割ですが、皆さん、米国も台灣と緊密な關係があるんですよ。米国は、台灣がWHOを含む国際社会でちゃんと処遇されるよう望みます。また中国にしっかり判らせたいのですが、我々が今後反対するのは、台灣の挑発行為ではなく、中国側の挑発行為なのです。今後はその方向に進むでしょう」


  以上、二つの出來事からして、馬英九政権の対中急接近を、米国が警戒していることが窺えます。


  但し、米国の国策は世界の多極化であって、一極化(つまり米国が世界の警察官を務めること)ではありません。

  だから米国は今後どんどん、お荷物の切離しを図るでしょう。

  日米安保も解消の方向に向かう筈です。

  それに、米国は目下のところ、中国との連携が主流の政策ですから、米国が徹底的に中国を抑えることは期待できません。


  台灣の保護は、米国にとって支流の政策に過ぎないのです。

  極端な場合、台灣を中共政権に引き渡す事態もあり得ます。

  少なくとも、そういう事態が「あり得る」と考えて備えておかないと危いです。


     日台關係は冷却中……


  日台關係は、馬政権の登場によって逆境を迎えました。


  馬總統が就任演説で、熱っぽく長々と語ったのが台中關係。

  ちょっと触れたのが台米関係。

  全然触れなかったのが台日関係。


  それを象徴するように、6月10日早朝、海上保安庁の巡視船と台湾の魚釣漁船との衝突沈没事故が起きました。これで中國國民黨の外省人系反日派と、香港から乗り込んだ札付きの保釣派とが騒ぎ、在台中国系メディアが反日騒ぎを起こしました。

  大体、魚釣船が領海外に出ること自体、違法なのです。

  それが他国の領海に入るなど、論外の事態です。

  だからあれは極めて政治的な事件で、日台離間を狙った政治的謀略以外の何物でもありません。


  問題は二つ──

  (1)日本が不当な領海侵犯に対して必要以上に低姿勢をとったこと。

  (2)台灣の行政院長劉兆玄が、軍事に素人なのに「日本との開戦を排除せず……」と口走ったこと。

  それには、空軍上がりの本省人國防部長陳肇敏が、「空軍同士の戦いなら日本に勝てるよ」と劉兆玄に吹き込んでいたからのようですが、それにしても劉兆玄の言明は、政治家としては信じがたいほどの軽率極まりない発言です。

  これで、劉兆玄の政治的力量のお粗末さが判ります。


  この騒ぎで日本人の台灣熱が急冷し、6月の日本人の台灣観光旅行が前年同期比 11.02% 減となりました (台灣交通部觀光局の發表) 。

  日本人以外の台灣訪問客は増えていますから、日本人だけ減ったのは、馬政権の「反日的」対応のせいと考えざるを得ません。


  日台關係は、パイブがどんどん細くなっています。

  その好例が、李登輝政権まで豊富に居た日本語通訳が激減したことです。

  多少居ることは居ますが、机上で習った日本語であって、微妙な ニュアンスまで判る人は曉天の星の如く尠い。

  日本側も、民進黨政権時期を経たあとでは、北京語だけでなく、ホーロー語や客家語まで心得ておく必要があるのに、議員代表團が通訳を帯同せず、台湾側の通訳に頼るという怠慢ぶりで、日台の意思疏通が危ぶまれます。

  ホーロー語は習得するのが難しいといわれますが、北京語のできる日本人なら、一年学習すれば八割は聞き取れるようになるそうです。あとは習う意志があるかどうかの問題です。


     馬英九は嘘つき政権?


  日台間に重大問題が二つ生じました。


  第一に、日本側が馬英九政権を「嘘つき政権」として信用しなくなった、という話です。

  これを報じたのが7月28日の『自由時報』13面、台灣智庫 (シンクタンク) 執行委員の頼怡忠氏の投書「台日相互信頼の基盤崩壊の危機」です。

  頼氏は民進黨の国際事務部副主任でしたから、日台関係の専門家です。


  頼氏曰く、民進黨政権は八年間に台日相互信頼の基盤を築いた。

  これが馬団体の浪費により、崩壊の危機に瀕している。


  馬英九当選後百日間に、対日關係に五度危機が訪れた。


  1)日本側と打合せぬまま、対外記者會見の席で突如訪日を發表した。

  2)就任演説でわざと日本に言及せず。

  3)釣魚台事件の處理で立場が定まらなかった上、台日間でここ30年間守ってきた「政府の船を争議海域に送らぬ」という黙契を破った。

  4)メディアに出鱈目な話を流し、釣魚台事件を馬英九−福田康夫の秘密書簡の往復で処理したと発表した。

  5)再び日本側と打合せぬまま、駐日代表選定の消息が頻々とメディアで流れている。


  このうち、重大なのが 4)である。

  7月21日に台灣中央通信社が報道したように (伊原注:私は未見。ネットを探したが見つからず) 、日本側はそんな秘密書簡などなかったと言っている。

  この捏造報道で日本側は、06年夏の馬英九訪日時の安倍官房長官との会見記事偽造事件を思い出し、馬英九政権を「嘘八百政権」と考え始めた云々と。


  06年の安倍長官との会見偽造記事というのは、以下の通りです。


  06年7月10日訪日した馬英九國民黨主席は、颱風が台灣に襲來したため、後半の関西訪問を中止して13日午後急遽帰国します。

  帰国当日の『中國時報』が、馬英九は東京で小泉首相の後継候補、安倍晋三官房長官・麻生太郎外相と会談して強い支持を取り付けたと報じました。

  安倍長官は「將來『馬英九効果』が起きて一定の役割を果すことを期待する」と励まし、麻生氏が「民進党関係者との交流は肌に合わない」と発言したと。


  これで困惑したのが日本側です。

  安倍長官とは12日朝、10分間電話で「訪日歓迎程度の挨拶をしただけ」

  麻生外相は、会談はしたものの、日台の非政府レベルの友好協力の重要性を述べた程度で「政府の基本的立場を超える発言はせず、民進党政権批判など一切していない」というのです (以上、『産經新聞』06年8月3日 2面)。


  このとき日本側は、台灣の報道の出鱈目さに辟易しました。

  「日本の報道界のヴェテランは、馬英九を秘かに台湾の盧武鉉と名付けた。盧武鉉とは、トラブルメーカーの別名である」(『自由時報』7月13日 3面) 。

  今回、それが繰返され、愛想が尽きたという訳です。


  日台間の重大危機の二番目──

  馬英九の總統就任式に參加した日本側国会議員が、当日の午餐会に招かれたときの馬英九の扱いに疑問を持ち、馬英九を「反日親中の総統」と考えるようになったという話です (『自由時報』7月29日 4面、東京特派員張茂森記者の記事) 。

  日本側と太いパイプを持っていた國民黨も 8年間の野黨時代に日本とのパイプが 細った上、馬團体は若者が多く、日本の政界事情に疎いのです。


  日台のパイプは時と共にどんどん細ってきました。


     共存共栄の基盤は強さ


  中共政権は無頼の政権です。力しか信じない。人を平気で殺す。

  中国人の發想は獨善です。

  そのことは、歴史をちょっと知ればすぐ判ります。

  魯迅は、中国人が獨善から脱しない限り前途はないという意味を籠めて「阿Q正傳」を書きました。

  近い例では、台中市長の胡志強が7月4日、チャーター便を利用して厦門へ行って、中共の役人に「中台灣地區と厦門地區が手を携えて協力し、一緒に外国人の金を稼ごう」と言った話からも窺えます。

  この話を聞いた日本人が呆れて曰く、「シナ人の發想は日本人と違う。日本人なら共存共榮を考えるのに……」


  第二次大戦直後、上海で彭徳懐が、張學良のブレーンだった苗剣秋に語った話も参考になります。

  私はこの話を直接苗剣秋氏から聞きましたが、苗氏は自著(時事新書)にも書いています。


  苗剣秋が上海で彭徳懐に会ったとき、彼曰く、

  「君ら非共産人士と我々共産人士が何かを爭ったとき……」

と辺りを見回して机上のコップを持ち上げ、

  「このコップを取り合った場合、必ず我々の手に入る」

と断言しました。


  「君らはコップを壊さずに手に入れようとするだろう。

  「我々は、相手に渡すくらいなら叩き割ろうという氣構えで奪い合う。

  「その結果、コップは無傷で我方の手に入る」


  彭徳懐はつけ加えて曰く、

  「少なくとも、君らの手には絶対入らない」


  コップとは、法、道徳、人権……等々、文明社會のルールを象徴します。

  そういうものを一切無視するのは、無頼の徒です。

  そう、共産主義者とは、無頼の徒なのです。


     文明国=高信用社會


  世界で最初に文明社會を実現したのは江戸後期 (18世紀以降) の日本、次いで19世紀後半の西欧です。

  共に、見ず知らずの相手をも対等の人間として信用した。

  文明社會とは、高信用社會のことです。


  国連安保理常任理事国中、ロシヤと中国は、未だこの意味での文明国ではない。

  相手を信用せず、ひたすら力で抑えつけるからです。

  「騙すのは賢い人間、上等の人間、騙されるのは阿呆な人間、下等の人間」

という価値観を持っています。

  私は、英領時代の香港でぼられる度に「俺はよっぽどの阿呆だ」と何度痛感させられたことか。

  台灣は、日本統治時代に文明國の仲間入りをしました。

  そのおかげで、日本の敗戦後、大陸から來た中国人に酷い目に遭わされました。


  この辺の事情は、冒頭で述べたジョージ・カーの『裏切られた台湾』 (同時代社、平成18年) が詳しく書いています。田舎者の中国人の面子が、先進文明をものにしている台灣人から笑われることで酷く傷つき、その腹いせに台灣人を必要以上にいじめたのだと。


  これでお判りのように、文明度の低い者が中華思想を持つと、酷い野蛮なことをやらかすのです。


     台灣は西太平洋の要


  中国軍人が米国太平洋軍司令官 キーティング大將に「ハワイイで二分して太平洋を分割統治しないか」と提案する時代です。キーティング司令官はこの話を「冗談」で片付けていますけれども、中国に吸収合併されることになる日本や台灣にとっては冗談事ではありません。


  日本も台灣も、中国の圧力を跳ね返すに足る力を持った強い毅然とした国にならねばなりません。

  そのために目下必要なことは、馬英九政権が中国に靡かぬよう注目し続けることであります。

  御静聴、有難うございました。




  質問 (石戸谷) :馬英九が總統当選後、最初に会った要人が李登輝前総統であったのは、どんな意図からでしょうか?


  伊原:一にも二にも「反連戦」の動きです。

  私のいう「國民黨内での世代交代」がこれに絡んでいます。

  細かく見ると、二つの意図があります。


  第一に、連戦と犬猿の仲にある李登輝を訪問することによって、馬英九を中共の手先に取り込もうとする連戦ら中共の手先の思い通りにはならぬぞという意思表示をしたことです。


  第二に、連戦ら中共投降派の圧力を実際に跳ね返すため、李登輝系の人脈である台灣團結聯盟 (台聯) から頼幸媛を貰い受けて対中政策の責任者「行政院大陸委員會主任委員」に起用するためでした。

  これで中共にも自主性確立の意思表示をしたことになります。


  だから、重要ポストを外部の者にさらわれたとして國民黨籍立法委員から囂々たる非難を浴びても、馬英九は少しも怯まず、この人事を貫き通しました。


  李登輝訪問は、日本に評判の良い李登輝取込みだとの観測もありますが、李登輝さんは馬英九に取込まれるような小さな人じゃありません。

  台灣のために有利と思うときは協力するでしょうが、馬政権支持とは別の話です。