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伊原注:以下は、念法眞教の機関誌『鶯乃声』8月号に載せた台湾論です。

     雑誌には「危うい台湾の民主主義」という題で載りましたが、

     私はこの題で書いたので、ここではこの題で載せます。



      馬英九政権の一ヶ月



       尖閣問題で日台関係きしむ


  小選挙区制選挙を導入した 1月の立法院選挙で 3/4 の 圧倒的議席を占めた中国国民党は、議会での全権を手に入れた。

  続く 3月の総統選でも 220万票もの差をつけて 8年ぶりに政権に復帰した。


  その中国国民党の馬英九が総統就任式を終えて 1ヶ月経った。そこで突発したのが尖閣諸島沖での台湾魚釣船の領海侵入・沈没事件。6月10日早朝にこの魚釣船が海上保安庁の巡視船とぶつかり、沈没したのである。


  領海に侵入する船は拿捕・撃沈されて当然というのが国際的常識。現に我が日本の漁船は北方領土でそれをロシヤにやられているのだが、日本はそうしないため、侮られてつけ込まれ、主権を侵害されるのだ。


  日本は、双方とも過失があったとして賠償を含め、交渉で解決しようとしたのに、台湾の馬政権は「劇的」に対応した。馬英九総統が尖閣諸島の領有権を主張し、船長の釈放・日本政府の謝罪・沈船の賠償を求めた。行政院長劉兆玄は「開戦の可能性を排除しない」と豪語した。

  曾て馬英九が台北市長時代に「日本との一戦を辞さず」と言ったのと呼応している。

  外交部長歐鴻錬は駐日代表許世楷を召還した。

  これは国交断絶一歩手前の措置である。帰国した許世楷が日本側の宥和姿勢を説明して協議による解決を提案したら、国民党の立法委員に日本側の立場を代弁する「売国奴」と罵られ、「志ある者は殺されても辱めは受けぬ」と抗議の辞表を出した。


  この騒ぎは、在台中国人の「反日意識」丸出しの演技であった。

  魚釣船があろうことか、他国の領海を侵犯したことや、この騒ぎの背後で夏潮系の共産主義団体「漁民労働人権協会」が動き、交流協会台北事務所前で日の丸を引裂いていること、香港からも札付きの「保釣一派」が台湾に乗り込んできたことなどからして、中共の日台離間工作の一環と判断してよい。

  普通の台湾人の反応は「日本と戦争する? 冗談じゃない!」「馬鹿馬鹿しい」である。


  新聞の投書欄を見ても、反論が多い。

   「日米同盟相手に戦う? 本気か」

   「主権を棚上げしたくせに、尖閣諸島の領有権が確保できるのか」

   「中共とは主権棚上げしたまま仲良く会談し、日本には腕まくりして主権堅持を呼号する、二重基準も甚だしい」

   「国際社会は台湾の主権を認めていない。馬総統は日本にだけ主権を認めさせるつもりか?」

   など。


  日本人は真面目だから、中国人の演技に騙される。

  交流協会台北事務所は16日、在留邦人に異例の注意喚起をした。

  「台湾内で反日気運がこれまでになく高まっており、日本人の安全を脅かす危険がある」ので政治集会に参加するな、公共の場で政治論議をするな、学生は複数で行動せよと「注意」している。

  これまで40年以上毎年のように訪台してきた私にとって信じ難い警告であったが、これは「冗談じゃないぞ!」という馬政権への警告の意味があったらしい。


  もちろん、馬政権に本気で日本と対立するつもりなどないから、17日以降、軟化した。

  18日に予定していた尖閣への軍艦派遣は中止し、「平和交渉」に戻った。


  だが馬政権は高い代価を払った。台湾に親しみを持っていた多くの日本人が「やっぱり馬政権は反日政権」と認識し、親台感情が冷え込んだ。今後台湾に中国人観光客がどっと押寄せることと相俟って、日本人の訪台者数は減るだろう。


       中共に擦り寄る馬英九


  米国と太いパイプを誇るくせに、馬政権は、米国とも必ずしもうまくいっていない。


  5月20日の就任式の直後、国家安全会議秘書長の蘇起が米国側の核心幕僚と会って「馬政権は両岸関係改善のため、米国からの武器購入を暫く停止する」と申し入れたとされる。

  総統府はこの話を事実無根としているが、米側は台湾に対する武器売却は次期政権に申し送るとした(6月9日付『Defence News』、6月10日付『Capitol Hill News』参照) 。


  5月20日の就任演説は、「人民奮起・台灣新生」と題されている。

  これを「奮起して台湾ルネサンスを起こそう」と読取る人も居る。


  中共への宥和姿勢と大陸との連帯意識が目立つ。胡錦濤と「理念が一致」と言い、「大陸13億の同胞」と言切り、石原都知事に「馬英九は北京と同じ認識」と思わせた。

  その通り、馬英九は、台湾の運命を胡錦濤に委ねると宣言したに等しい。


  李登輝元総統は96年、初の民選総統に当選したとき、「主権在民の新時代」を宣言した。台湾の前途は台湾人が決めるという台湾の自立宣言である。そして「台湾と中国は特殊な国と国の関係である」として台湾の中国との対等性を宣言した。


  陳水扁前総統は台湾と中国は「一辺一国」 (それぞれが別の国) と宣言して李登輝の宣言を継承し、台湾が中国の一省でないことを明確にした。


  だが馬英九は就任演説で、こともあろうに中共独裁政権の指導者胡錦濤と「理念の一致」を宣言したのである。

  これが台湾の大陸追随宣言であることは、馬英九の「92年合意」と「一中各自表明」の承認、「統一せず、独立せず、武力を用いず」の「3 ノー」宣言、「中国との終極的統一」公約からして、台湾有権者には自明のことだった筈である。


  目下のところ、政治面は当分「棚上げ」して経済面で協力ということだが、この棚上げは中共政権の意向次第で変るのであって、台湾側に容喙する力はない。

  中共政権に対して融和的な馬英九と中国国民党を支持したからには、台湾の有権者は、少くとも国民党を支持した 6割の有権者 (投票者の 58.45%, 有権者総数の 44.61%) は、これを危うい事態とは思わないのだろう。


  5月26日〜31日、中国国民党主席呉伯雄訪中。

  両岸対話の早期再開で合意。

  呉伯雄は南京の中山陵に参拝して書を披露し、「中華民国」の年号をよう使わず、2008と西暦を使った。また胡錦濤の前で馬総統とも台湾国民ともよう言わず、「中華民族に選ばれた馬英九先生」と卑下した。

  国民党は、中国に対等を求めないのだ。


  6月11日〜14日、海基會理事長江丙坤訪中。

  中台対話再開。週末 チャーター直行便と中国人観光客の台湾訪問解禁を協議。

  中台経済は愈々密着し、中国の経済的台湾併呑に近づく。


       台湾人への報復開始?


  だが台湾には、民進党候補謝長廷に投票した 4割 (投票者の 41.55%, 有権者全体の 31.72%) の有権者が居る。


  彼らは劉兆玄「外省人政権」を見て、一党独裁時代・白色テロ時代の国民党強権支配の再来を警戒している。


  20代の若者の多くが立法委員選挙では棄権し、総統選では馬英九に投票したといわれる

   伊原注:有線テレビ TVBSの調査では、20代の若者層の馬英九投票率は 68%


  だが総統選の時、私は台北でこんな話を聞いた。

  「私の友人(80歳以上の日本語世代) が嘆いていました。

  彼は白色テロに遭い、政治犯を収容する緑島に送られて何年も過ごしました。

  そして最近、やっとその回想録を書いたのですが、息子には何も話さなかった。

  息子は アメリカ に留学して、大学図書館で父親の書物を発見して読みました。

  帰国して父に曰く、お父さんが小説を書いていたとは知らなかったと。

  父親が、あれは全部実話だよ、小説じゃないよといっても息子は信じない。

  国民党があんな酷いことをした筈がないと言って信じない。

  ──そういって友人が嘆くこと嘆くこと!」


  こんな若者が国民党の宣伝に乗せられ、民進党を無能且つ腐敗堕落政権と信じて馬英九を支持したのである。

  一度やらしてみようとばかり、ヒトラーを政権につけたワイマール共和国の二の舞にならなければいいが。

  台湾で「次の総統選」が行われるかどうか……?


  外省人 (在台中国人) が権力を握る「中国」国民党が、自分らを 8年間政権から遠ざけた台湾人勢力を憎んでいることはまぎれもない。

  従って、政権に復帰した国民党は、必ずや民進党や民進党支持者の台湾人に対して「報復」に出ると思われる。


  その兆候はある。


  第一、4月に行政人員の人選を始めた段階で、民進党政権に協力していた官僚が動揺し始めた。

  民進党政権第一期で官僚は非協力ないし抵抗妨害した。

  第二期で、上層部にある程度協力者が出た。

  この協力者が、国民党政権の報復を恐れて浮足立ち始めた。この趨勢は今後なお進むであろう。


  第二、5月20日の就任式当日、最高検察が退任早々の陳水扁前総統の捜査開始を発表した。

  陳総統は在職中に機密費流用問題に問われていたが、在職中は刑事訴追免除特権があって捜査できなかったのである。台湾では司法は独立していないので、政治裁判になる見込みが大きい。


       頼みの綱経済の不振


  立法委員選挙と総統選挙での中国国民党の大勝は、経済が主因をなす。

  国民党の謀略宣伝で「民進党政権の下では経済が好転しない」と信じ込まされた台湾有権者は、争って中国国民党を支持した。

  だが経済は、一国の経済政策より世界経済の影響を圧倒的に蒙るし、実態を調べると実は、民進党政権の下で台湾経済は決して悪くはなかった。

  思うように成長させられなかったについては、台湾企業の大陸投資と、立法院で多数を擁する国民党の攪乱行為の責任の方が、民進党政権の責任より大きいと思われる。


  それを国民党は「不景気は民進党政権の無能のせい」と思わせ、「国民党が政権に復帰すれば台湾の景気はよくなる」と有権者に吹込んだ。


  では、馬政権登場で景気は良くなったか?


  それが悪くなっている。


  第一、物価の上昇。

  今、世界的に石油と食糧が値上りしている。台湾も例外ではない。

  だが陳水扁前政権時代の3月24日、行政院は馬英九が総統に就任する5月20日までガソリン価格を凍結した。

  従って馬政権の劉兆玄内閣は、ガソリン・ガス・電力・水道などの公共料金値上げをせざるを得なくなった。

  そしてこの値上げがさらなる物価上昇と株価の下落を齎した。


  そこで第二、株価の下落。

  総統選当選時には御祝儀相場で一時株価は上がったが、その後台湾の加權指數は下がる一方である。

  3月24日の月曜日、馬英九当選後の初の株式取引で加權指數は一挙に 524點上昇して9000點を突破したが、この日の相場は8865點で落ち着いた。だがその後は下がる一方で、 7月 3日の加權指數は 7115 點という「最低點」を記録している。

  追 記: 7月16日に 6710.64、 7月25日に 7233.62。 5月平均 8910, 6月平均 8180


  庶民が株式投資をしている台湾では、生活費の値上がりと株価下落は往復びんたで庶民の生活を直撃する。

  馬政権への不満は鬱積して爆発寸前だが、辛うじて爆発を抑えているのは、 7月 4日以降に展開する「両岸直航週末 チャーター便」の開始と、「中国人観光客の台湾観光開放」による「中国資金の来台」効果への期待である。


  ところが、この期待もあて外れの公算が大きい。「台湾の声」が7月1日に伝えたところによると、中国 の チャーター機は台湾が開いた台北桃園・台北松山・高雄・台中・花蓮・台東・澎湖馬公・金門の 8空港中、台北の 2空港にしか降りず、また中国人旅行社は全て中国の航空会社を利用さすことにしたという。台湾は、地方にも満遍なく中国人観光客をばらまき、台湾経済の浮上を図るつもりだったが、中国には、台湾の都合など念頭にないらしい。


  そうなると、經濟振興の期待を担った馬政権は、公約が果せなくなる。


  だが公約が果せなくとも、国会で 3/4 の 多数を占め、 220万票の差で当選した馬総統の政権の座は安泰である。これを罷免する方法はない。

  6月末、台北で知人が私に曰く、

  「馬政権が徹底的に不評になった場合、台湾の政治はどうなるんでしょうかねえ……」


       中国国民党の内情


  どう転んでも中国国民党政権は倒れないように見えるが、弱体化した野党・民進党には手も足も出ないとしても、国民党の内部事情は決して安泰ではない。


  先ず、馬政権の勢力基盤である。馬英九総統が信頼する部下は二人、金(愛新覺羅)溥聰と劉兆玄。この二人をなぜ信頼するかについて、馬英九はこう言っている。


  「私に提言する人はいくらでも居るが、この二人は黙って見守っている。私が訊いた時だけ、進言してくれる」


  金溥聰は、馬英九が台北市長のときに副市長を務めたことがあるが、あとは黒幕に徹していて、メディアのインタヴューには応じない。

  ブレーンないし参謀役であり、総統選で ロングステイ を提案し、民進党の票田「中南部」への切り込みを成功させたのも彼の提言によるといわれている。


  劉兆玄は今回、行政院長に抜擢された。

  台湾大学卒業後、カナダの大学で化学博士をとり、国立清華大学に勤務。以後、行政院国家科学委員会と清華大学を往復する。行政手腕があって、李登輝時代に交通部長にも起用されている。変ったところでは、「武侠小説」を愛読し、趣味が高じて執筆までしている。


  劉兆玄内閣の特徴は、要所要所に外省人を起用したこと、

  連戦・王金平系の人材を徹底排除していること、

  学者の起用が多いこと、

  国民党立法委員の起用が皆無であること、

  米国留学組が多く、日本留学は絶無であること、

  など。


  特に驚くのは、空軍から起用した本省人の国防部長、陳肇敏である。

  この人、何を考えたか、6月10日に、陳水扁政権の李傑國防部長が廃止した「中華民國軍人讀訓」なるものの復活を命じた。

  そして7月2日、馬英九総統が三軍(陸海空軍士官学校)五校(国防大学・政治作戦学院・理工学院・管理学院・国防医学院)聯合卒業式に赴き、黄埔軍官学校の校歌(陸軍士官学校の校歌)を高唱した上、この軍人読訓を読み上げ、10ヶ條を卒業生に復唱させたのである。


  第一條!(第一條!)

  実行三民主義!(実行三民主義!)

  国家を守り!(国家を守り!)

  違背や手抜きを許さず!(違背や手抜きを許さず!)

  ……

といった調子。


  この軍人読訓なるもの、72年も前の36年3月20日に蒋介石が南京で講話したという代物で、「我が中華民族は東亜に雄たり、建国以来現在まで五千年を経て四億の平和で優れた民族が一千百余万平方キロの領土に居住し……」と始る。現在の中華人民共和国の領土にモンゴルやロシヤ領の一部も加えた前世紀の遺物である。


  馬英九政権は21世紀の世の中で、一体何を考えているのだろうか?


  馬英九が考えているのは、中国 (中華人民共和国) でも中華民国でもなく、中国国民党政権でさえもなく、馬英九政権の長期持続だけだという人が居る。

  そのため「中華民国の法統の維持」を考える元老はもとより、連戦や王金平ら一つ前の世代の介入も遮断して、若手中心の政権を打ちだしたのだという。

  それにしては、余りに古色蒼然、法統の再生そのものではないか! これで台湾の若者を惹き付けられるのか?


  ところが馬英九総統を迎えた軍人の卵たちは馬英九を熱狂して迎えたというから恐れ入る。

  台湾の若者は、自分らの前途をどう考えているのだろうか?


  その馬英九総統を頂く中国国民党の内情であるが、内部はばらばらでまとまっていない。

  立法院で圧倒的多数を得たのだから、何でも思いのまま「の筈」なのだが、国民党立法委員の言行は旧態依然でばらばら。数が接近していた陳政権時代の方がよほど国民党は統制がとれていた。


  だから台湾の政治は、「安定多数党」ができたにも拘らず、立法院の審議の荒れ模様は旧態依然、政治は陳政権時代の停滞状態を一歩も抜け出ていない。立法院の議席の変化と関係なく、と言いたくなる位、台湾の政治は変り映えしていない。


       民主進歩党政権の功罪


  大敗した民進党は、再建できそうか?

  それが怪しい。

  まずは、陳水扁政権の功罪を見ておかねばならない。


  「功」については陳総統自身が、総統を退任した5月20日の午後、慈濟會の内湖支部で半日ボランティアをした時にこう語っている。まず退任後の心境を訊かれて「至極平静だよ」と答えたあとに曰く、

  「八年間執政して、成功もあれば失敗もある。皆さんの励ましと支持に対しては感謝のほかない。一つ是非言っておきたいのは、この間に全世界の益々多くの人に、台湾は台湾、中国は中国、台湾は絶対中国ではないと知らしめたことだ」


  では「罪」は?

  国民党の解体に失敗したことである。


  国民党は半世紀に亙り台湾に君臨してきた。一党独裁だったから、台湾の全てを抱え込んでいる。上層も中層も下層も、善も悪も、台湾派も中国派も。


  そして何よりも国民党は日本統治時代の公的資産も民間資産も目ぼしいものは取り込んで黨資産にしてしまった。だから世界一の金持ち政党といわれるのである。そして支持層を優遇して権力基盤にし、野党時代も人材を外郭団体に囲って養っていた。


  こんな「大帝国」的政治勢力が、すかんぴんの野党を認めて制度だけ「民主化」しても、多党政治は機能しない。巨大で雑多で包括的な「大帝国」型政治勢力を一旦分解して「国民国家」型の合理的機能的複数政党にばらして再編成しない限り、選挙や投票がうまく機能しないのである。


  それを民進党は、国民党対民進党の二大政党で台湾の政治が機能する、いや「している」と誤認した。だから国民党を「民主主義体制下の一政党」として扱い、断乎分裂させることをしなかった。


  これが台湾で民主政治を行う上での致命的欠陥となった。金持ち政党であった国民党は「雑多」「巨大」「何でも抱えたまま」のマンモス政党のまま生き延びた。そして政権に復帰したのである。


  国民党は金持ちであるが故に、多くの台湾人をも抱える。

  しかも中核に「在台中国人」が居据わっていて、最高権力を握っている。


  台湾人(福建系・客家系・原住民)は多数なのだが、まとまりが悪いため、結束する一握りの在台中国人に勝てない。


  こういう有権者の構造があるので、台湾の民主主義はうまく軌道に乗れないのである。

  ここを理解せずに、今回「二度目の政権交代が円滑に行われた」故に「台湾の民主主義が成熟した」という人が居るが、私は「判ってないなあ」と嘆くほかない。


  但し、馬英九はこの国民党の一部しか支配していない。

  台湾人馬英九派を側近として固め、中央常務委員会を取り仕切る。

  それ以上は、党の外の国民の人気に頼る。

  だから、構図としては、少数与党の中の小派閥に依拠し、始終国民に呼びかけることで政権を運営してきた陳水扁前総統と、政権運営方法は酷似する。


       民進党政権の再建?


  民進党の再建は怪しい、と書いた。


  基本的理由は、民進党が台湾本土派を代表できない勢力だからである。


  民進党は、国民党の一党独裁時代の「党外」勢力、つまり国民党批判勢力が結成した政党である。基本的に反体制。それが俄かに政権党になったので、政権運営(建設作業)が軌道に乗りにくかった。


  民進党は蒋經國末期に結党したが、その構成者は悉く「口舌の徒」である。

  学者・評論家・反体制雑誌の編集者・弁護士。

  あとは体を張って街頭デモをし、警官隊と衝突する大衆(タクシー運転手が多い)。


  この民進党は、政権担当後も、党外時代以外の層からの人材を吸引できていない。

  特に私のいう「実務家」層(企業経営者と組織の実務を行う中堅層)が近づいていない。

  2000年の政権発足当初は、台湾人企業家が大勢支持していたが、政権の未熟さを見て忽ち離れ去った。八年間の政権担当期間に、指導者の顔ぶれが変っていない。これでは、再建は覚束ない。


  総統選で負けた謝長廷が党主席を退いたあと、新人の蔡英文が選出された。彼女は新人のようだが、学者の範疇に属し、実務経験に乏しい。あまり多くを期待できないのである。


  民進党は国民党との対抗上、台湾本土派の代表のような顔をしてきたが、左翼リベラルの気分を軸とする反体制派の集団に過ぎない。日常的に株を売り買いする台湾人の圧倒的大多数の大衆を代表するには、余りに狭すぎ、余りに反体制すぎる。


  民進党の駄目さ加減は、許昭榮さんの焼身自殺の経緯からもよく判る。


  許昭榮さんは、日本海軍台湾特別志願兵第二期生。つまり帝国海軍の水兵であった。これが日本の敗戦と二二八事件発生で中華民国海軍に入り、國共内戦に参加。その後冤罪で政治犯となって迫害されるが、人生後半は、台湾人元日本兵のみならず、内戦に駆り出された台湾人兵士の遺骨収拾を含め、戦争犠牲者を救い弔う運動を起こす。2005年に旗津に「台湾無名戦士慰霊碑」を建て、碑のある場所を「戦争と平和記念公園」と命名した。ところが昨年11月、高雄市議会が在台中国派である親民党の王齢嬌市議の提案により、この旗津の「戦争と平和記念公園」を「八二三戦役 (金門島の砲撃戦) 記念公園」に変えるという決議をした。この決議には、国民党・親民党・新党の在台中国人党は勿論のこと、そうでない民進党や民進党の高雄市長陳菊まで賛成したのである。


  許昭榮さんは、憤慨して八二三戦役は國共内戦の話で台湾とも高雄とも関係ないと反論し、市議全員に反論を郵送した。だが結局押し切られ、公園は「八二三」をとって「平和記念公園」とし、既存の「台湾無名戦士慰霊碑」の横に「八二三戦没者慰霊碑」を建てることになった。


  許昭榮さんは憤慨の中で考える。今や台湾の政権は中国国民党の馬英九政権に変った。元日本兵は彼等の敵。自分らの元日本兵慰霊行動が国民党政権の下で認められることはなかろうと。


  これ以上、運動を続けても成果が得られるとは思えない。そこで「このような屈辱と理不尽は到底受け入れられません」「台湾魂と化し、飽くまで台湾国立戦争と平和記念公園を誕生させます」という言葉を残して、馬英九総統就任式の当日夕方、自分の車の中で焼身自殺を遂げた。享年80歳。


  馬英九総統就任 1ヶ月のこれらの動きを見るにつけ、私には台湾に「住民自決」「真の民主主義」が行われる日が近いとは信じ難い。


  台湾は目下、急速に外来政権統治に戻りつつあるように見える。