> コラム > 伊原吉之助教授の読書室
伊原注:以下は『関西師友』平成20年8月號に掲載した「世界の話題」No225 です。
読書室掲載に当り、少し手を入れました。
日本の前途を考える二冊
夏に国の前途を想う
日本は全身に「日本弱体化」毒が回り、衰弱・死滅に向ってゆっくり歩んでいるように見えます。
なにしろ、政府を初め体制の要所要所に敵性勢力・反体制勢力が浸透し、連携して日本を無力化中。それなのに傍観者ばかりで行動者が居ない。
なぜこんなざまになったか?
戦後の価値観が、個人主義と称して利己主義を蔓延させ、高度成長と核家族が、人が育つ最も基本的な共同体「家庭」と「近隣社会」を破壊して個人をばらばらにし、自分のことしか考えぬ利己的存在を輩出させたからだと考えておりました。
(伊原注:個人主義とは、「全」と「個」の緊張關係の中で全体との連携を保ちつつ「個」の生き方を考える立場。「個」の中に普遍性を蔵する。それに対して「私」とは「公」と対立し、「公」を壊す存在。だから抑制、即ちコントロールが必要。私は公だけでなく、他の私と衝突する存在です)
最近、日本の衰亡とその再建を考える二冊の新刊書に接し、俄然、皆さんに紹介したくなりました。
最初の本は、モリトー良子『故郷日本は何処へ行く』です。
扶桑社カスタム出版から6月20日に出ています。
私は、ドイツに居る著者から贈られたのですが、どうも自費出版らしい。
敗戦後の虚脱を持続
日本の敗戦後、虚脱状態の日本に愛想をつかして渡歐した良子さんは、EEC官僚を育てる大学に学び、ドイツ人の同級生と結婚して歐洲で暮します。
自己主張の強い歐洲で揉まれて日本人としての自覚を迫られ、次第に日本の良さに目覚めます。
或日、中国の激しい反日デモをテレビで観て、これは捨ておけない、このままでは私の大事な故郷日本は亡びる、と危機感を燃やし、日本の再生方策を考えます。
日本はなぜ腑抜けになったか?
それは占領軍の日本弱体化政策(特に教育政策)がそのままずーっと半世紀以上続いたからだと良子さんは見ます。ここから脱却しないと日本は消えるほかない、と診断します。
ではなぜ、占領が終ったあとも、占領政策を日本人が「全く従順・素直に」従い、守ってきたか?
そして「自分の国、自国の文化を拒否し否定する姿勢」を続けたのか?
それは、占領政策が日本人と日本文化の機軸と、相性が良かったからだと見ます。
日本文化に伝統的な、もののあわれに繋がる人間感覚・平和祈念感情に合致したからだと良子さんは考えます。
しかし、強烈な自己主張を存在根拠にする歐洲人の真っ只中に住む著者は、それでは日本は亡びると懸念します。
日本人のこの自己卑下は、国際的には理解されないどころか、異様な現象としか見られない。しかもこの半世紀の間に日本は「經濟大国」になってしまった。それなら、江戸時代に慣れ親しんだ「天下泰平」を引き継ぐ「平和祈念」に溺れている訳に行かない。
極東共同体構想への疑念
良子さんの「日本弱体化の分析」は、昭和一桁世代の敗戦による価値観逆転経験に根差していて、同じ一桁の私には思い当る節が多いのです。
ですが、長年、中国と中国人を研究対象にしてきた私が断じて同意できないのが、良子さんの解決策です。
──中国を盟主とする東アジア共同体を作れ、日本は中韓両国に謝り、中国を中心に朝貢国が平和共存していた昔を再現せよ、というのです。
とんでもない!
中華思想とは、独善の塊です。そんな独善の中華思想を認めれば、周辺国は自立できません。
朝鮮人が如何に中国から酷い目に遭ったか。
ヴェトナムが如何に中国の圧政と闘ってきたか。
良子さんは、中国の正体をご存じない。
中国には古今を通じて搾取者と被搾取者しか居ないこと、
唯一人の専制支配者以外は、最高位の高官と雖も奴隷に等しく、明日の命の保証はないこと、
(今は中共政権も官僚化して集団指導型になっていますが、権力闘争の熾烈さは旧態依然です)
中国は強権支配でしか統治できぬ地域であること、
覇道のみあって王道は古典の中にしか存在しないこと、等々
強くなければ亡ぶ
ここで二冊目が役立ちます。
かねて人を集めて戦史研究をしてきた北岡俊明さんが、戦史研究の成果をまとめた本です。
北岡俊明+戦史研究会
『日本人の戦略的失敗──戦史に学ぶ教訓』(PHP研究所、2008.7.7) 1500円+税
本書は繰返し、歴史、なかでも戦史に学ぶ必要を強調します。
「勝者敗因を秘め、敗者勝因を蔵す」(小室直樹『日本の敗因』冒頭の一句)。
日本の戦後の安定と繁栄は、大東亜戦争で死んだ三百万人の父祖達のお蔭である。
彼等への感謝の念を忘れた傲慢と忘恩が今日の日本の惨状を生んだ、という認識です。
そして、あの敗戦の原因を、日本が戦術しか考えず、戦略政略という大きな視点を持たなかった點に求めます。
強かった日本軍の再興
本書は、昭和10年代の日本軍がいかに強かったかを、繰返し語ります。
ノモンハンでソ連の戦車を八百台以上破壊した日本軍。
彼等は決して降伏せず、最後の一兵まで戦った。
ノモンハン戦の結果、日本陸軍に「恐ソ病」が発生しますが、実はソ連軍にも「日本軍恐るべし」という恐日病が発生していました。ソ連軍の司令官ジューコフ元帥は、後にドイツ軍とも戦いますが、「一番苦しかったのはノモンハン戦だ」と述懐しています。日本軍が、將校から一兵卒まで徹底的に戦い抜いたからです。
だから、獨ソ戦争が始ったとき、日本軍が南進でなく、北進して極東ソ連を衝いていたら、ソ連を亡ぼすことが出来ていた筈だと北岡さんは書きます (73頁以下) 。ソ連をあのとき亡ぼしていたら、世界人類に大きく貢献できたのに!
指導層に戦略眼が無かったため、北進は実行されませんでした。
日本が北進しなかったため、スターリン型支配がその後も続き、ソ連や東欧諸国でさらに多くの人を苦しめたのでした。
米軍も、日本軍の精強さを恐れます。
キスカ島だけでなく、ガダルカナルでも、日本軍が投入した三万の陸軍將兵中、一万一千人を無事撤退させます。
なぜ撤退できたか?
それは、飢えてふらふらになっても銃を執って戦う敢闘精神を各兵士が持っており、最後は白兵戦を辞さなかったからです。
米軍は明るい間は戦っても、夕暮には引揚げて、日本軍に行動の自由を許しました。
この日本軍の精強さを骨身に沁みて知っていたため、沖縄戦では洞穴に ガソリン を流し込み、火炎放射器で燃やして、日本兵を徹底的に無力化しました。
日本軍が最小限の補給を受けて居たら、決して米軍に負けなかったでしょう。少くとも戦闘では……。
× × ×
二冊を読んでの結論はこうです。
強い日本と日本軍を再建せよ。その強さを基に共栄の国策を講ぜよ。
日本人を、軍神廣瀬武夫のように、強くて優しい人に育てましょう。
日本は敢闘精神を復活し、凛とした美と慈悲と寛容溢れる模範国になりましょう。
でないと亡びます。
(08.7.9/8.1補筆)