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紹 介:


   ハワード・ファースト(宮下嶺夫譯)


『市民トム・ペイン:「コモンセンス」を遺した男の数奇な生涯』

     (晶文社、1985.4.20) 3000円



  私は常に五種類ほどのテーマを持って並行して読書している。暫く前は「西欧中世」「帝政ロシヤ時期の近代化」「昭和天皇と昭和の敗戦」「ノモンハン」だった。今は「アメリカ独立革命とフランス革命」「ビスマルクとドイツの近代国家形成」「支那事変とドイツの軍事支援」である。


  アメリカ独立革命への興味は、原住民(アメリカ インディアン)の自由な生き方がアメリカ独立革命の母体になっているという指摘 (ドナルド A.グリンデ Jr./ブルース E.ジョハンセン『アメリカ建国とイロコイ民主制』(みすず書房、2006.1.23) に俟つところが大きい。これまでアメリカ独立革命はジョン・ロックの思想と ヨーロッパの伝統思想「自然法」に基づくとされていたが、それより、建国前にインディアンと交わり、その自然法思想と自由でありながらまとまりもよい生き方が、王政・君主制の ヨーロッパと違う「共和制」という建国思想に繋がったのだとする。


  アメリカには、建国の父祖とされる人達が居る。トーマス・ジェファーソン が 第一人者とされるが、彼と並ぶ一群の人達である。ベンジャミン・フランクリン、 ジョージ・ワシントン、 アレグザンダー・ハミルトン、 ジョン・アダムズ、 トーマス・ペインら。 彼等は軒並み、インディアンの「自由な生き方」から大きな感銘を受けたとされる。


  『古代社会』で有名な L.H.モーガン に『アメリカ先住民のすまい』 (岩波文庫、白204-3)という著作がある。その28頁にこうある。


  イロクォイ諸部族の氏族の構成員は、みな、個人として自由であり、また、お互いの自由を守る義務があった。彼等は特典や個人的権利に於て平等であり、世襲族長や普通族長も、優越権を一切主張しなかった。また、血族の絆によって、共に結ばれた同胞でもあった。自由・平等・兄弟愛は、公に定められた譯ではなかったが、氏族の要となる原理であった。


  ここには、フランス革命のモットーとされる「自由・平等・友愛」まで出てきている。フランス革命はアメリカ独立革命が欧州に飛び火したものだから、アメリカ原住民の生き方と思想は、アメリカ独立のみならず、フランス革命にまで影響しているのである。


  そこで具体的にトーマス・ペインの思想にどれだけアメリカ原住民の思想が影響しているかを見ようと、ペインの伝記を読んでみた (ペインの著書『コンモン・センス』日本評論社・世界古典文庫、昭和25.12.20,はまだ読みかけで、読み終えていない)。


  本書は、伝記というより「歴史小説」であるらしい。訳者が周到で、巻末に人名索引がついているし、ペインの著書からの引用を含む懇切丁寧な訳者注もあって、一応伝記として読んで差し支え無さそうである。「小説部分」の指摘もある。例えば、著者はペインが「鉤鼻であったこと」を随所で強調しているが、ペインの鼻は高かったが決して「鉤鼻」ではなかったと。

  確かに、上記『コンモン・センス』の巻頭にあるペインの写真 (絵? この絵は本書のカバー内側にも掲載してある) を見ると、鼻は高いが鼻筋は真っ直ぐで、鉤鼻ではない。


  伝記として面白く、すいすい読み終えた。

  だが、私の目的は、ペインがインディアンの生き方・思想から何をどれだけ学んだか、なのだが、インディアンとの関わりは一切出てこない。著者ハワード・ファーストは、白人庶民の味方ではあったが、インディアン は 視野になかったようだ。


  ペインは『コモン・センス』で「英本国への抵抗」の域でもたついていた気分ないし運動を、明確に「独立」+「共和革命」へと導いた。アメリカの植民地民兵は、武装闘争を始めたあとで、やっと目的を探り当てたのである。

  『コモン・センス』は驚くべき部数が 2シリングという高値で知識人から庶民・民兵に至るまで売れたが、ペインは一銭も印税を受取っていない。海賊版もたくさん出た。


  アメリカ独立が実現するについては、フランスとスペインが宿敵イギリスに対抗して植民地軍を支援したこと、とりわけフランス海軍がイギリス海軍と張り合ってくれたことが大きいが、本書はそれにも殆ど触れない (二〇三頁で僅かに「フランスからの資金援助」に触れるだけ)。


  後半で、フランス革命に投じたペインを描いている。フランス革命は中産階級の叛逆として始まり、庶民が権力をとって無秩序化し暴走してとめどない殺戮に陥る。フランスに踏み止まったペインは、外国人ということと、革命の鼓吹者ということで暫くは生き延びるが、やがて捕らえられてギロチンを待つ身となる。しかし幸運にもその中で生き延びる。


  ペインは故国イギリスで『人間の権利』を書いて革命を鼓吹したが、イギリス農民は立ち上がらず。不発に終る。イギリス官憲に目をつけられ、逮捕寸前にフランスに逃げ出す。

  そしてフランスに渡ってフランス革命に投じたのだが、上記のように、暴走し始めた革命になすすべなし。そこでギロチンにかかる前にと大急ぎで書き上げるのが『理性の時代』。新しい共和の時代は神を捨ててはいけないと説くのだが、啓蒙の時代にふさわしい理神論である。無神論を痛撃しはするが、現実の一切の教会には根本的に反対だと明言する。だから教会から大反撃を喰らい、敬虔な民衆からも波状攻撃を受けて、ペインは晩年を孤独の中に過ごす。


  全人類、特に下層民の権利を認め、王侯貴族を追放し、庶民に選挙権を與えて政府を構成すれば、自由・平等・友愛・平和の社会が実現すると信じたペインは、1809.6.8,NYで死んだ。遺体は土葬されたが、やがてペインの崇拝者 ウィリアム・コベット が 掘り出してイギリスに持ち帰るが、その後行方不明のまま現在に到る。


  ペインの祖国イギリスは、君主主権の憲法 (不文憲法) のまま現在に到っているが、私は立憲君主制が共和制に勝ると考えているので、これで良かったと思う。

(平成20年 7月27日)