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紹 介:


  黒崎貞明『恋闕:最期の二・二六事件』

       (日本工業新聞社、昭和55.2.26/55.3.22 第6刷) 1500円



  この本は、発売直後に買って読み、「阿南陸相の真意がやっと判った」とメモしています。

  今回、再読して「頗る良書なり!」と書き込みました。


  著者は、青年將校中でも「危険分子」と見込まれ、東京から滿洲に飛ばされた人物。東京に居たら当然二二六事件に参加して殺されていたと自覚しています。

  滿洲に飛ばされても、事件が起きると直ちに逮捕され、事件を起こした將校らと同じ刑務所に収容されるのです。

  証拠不十分で不起訴になるものの、釈放時に「二度と再び軍人の本文に悖るようなことをしない。今後一層軍務に精励する」旨の書類に署名しなかったため、差別待遇を受けます。


  当時、官僚化著しかった「統制派」軍人の嫌らしさ!

  二二六事件のあと、邪魔者を粛清して我が物顔に振舞った陸軍幕僚勢力こそ、大日本帝国を滅ぼした直接の責任者たちです(日米戦争に関しては、海軍の責任が陸軍より大ですが)。


  さて、二二六事件後の黒崎さんの活動です。


  その一、黒崎遊撃隊:拡大する支那事変の蔭で輸送妨害・交通網破壊を続ける共匪「南滿抗日聯合軍」掃討をやり、見事成功します。民族派朝鮮人を同志にして寝返らせるのです。


  その二、ノモンハン事件参加:最後の戦闘に参加し、「日本軍の近代化の立ち遅れ」を悟りました。「兵器の質と量の格差、補給と機動力を欠く戦法の拙劣さ」


  その三、陸大受験:青年將校は陸代を忌避していましたが、黒崎さんは受けて通ります。碌に受験勉強せずに通ったのですから、大したものです。そして陸大を出ていたことが、大東亜戦争を生き抜くのに大いに役立ちます。


  その四、死闘ガダルカナル:現地の参謀として、大本営の「情勢判断の錯誤、戦争始動の齟齬」を痛感します。

  それでも前線の將兵は強かった。

  「強キカナ我一線」

  わが將兵の勇奮健闘ぶりは鬼神さながら……

  そこそこの補給さえ続けば、瞬時にして敵を撃滅し得るものを……


  その五、陸軍省勤務:終戦工作。本書の白眉が、この部分です。著者が二二六事件生残りの青年將校の本領を発揮します。


(1)津野田少佐事件:昭和天皇の末弟、三笠宮崇仁親王 (若杉参謀) から深夜、お呼びがかかり、東條英機首相暗殺計画のもみ消しを依頼されます。これを無事、暗殺未遂事件として収めますが、東條英機側近の「三奸四愚」の一人、四方諒二憲兵隊長の隠微な画策にひっかかります。

  この項目で、「凛乎として冒すべからざる明治の女の気魄」(300頁) に読者は肅然たる気分を味わいます。


(2)岩田宙造・阿南惟幾擁立工作:終戦内閣として、貴族院議員・法学博士、岩田宙造を内閣首班に、陸軍大將阿南惟幾を陸相に推戴する工作です。これには近衞文麿も関わっています。

  これは、ご存じの通り、鈴木貫太郎に大命が下るのですが、就任に際して鈴木さんがこう言っていることが注目に値します。就任時に明確に「終戦内閣」を意識していたという告白です。


  「私自身決死の覚悟である。皇国を保全し、この戦いを終らせるには、不退転の決意と決死の覚悟で以て事に当らねばならぬ。その覚悟ができたので大命をお受けしたのだ。この私の言に偽りがあると思ったら、いつでも私を刺しに来い」(322頁)


(3)広島原爆の直撃を間一髪免れる:広島に出張していた著者は、8月6日 7時30分広島発松江行き急行に乗り、広島の北側の山一つ越えたところで「ピカッという光と、なんともいえない爆発音が列車を揺るがした」(335頁)

  松江経由で 9日午後、東京に戻った著者は、陸軍省で「なんだ貴様、広島の原爆で死んだものと思っていた」と言われます。

  著者曰く、「まだ天は私に死を与えない。私には最後の御奉公が待っているのだ」


(4)ポツダム宣言と同志達:同志から散々、決起しようと誘われながら「承詔必謹」で貫きます。


(5)無敵皇軍の崩壊:世界一強かった日本軍が、天皇の詔勅により、解体しました。


(6)東條英機の説得:二二六事件の青年將校にとって不倶戴天の敵だった東條英機に、「自決せず、生き延びて天皇の防波堤たれ」と説得に行きます。そして東條さんの優しい言葉に触れて、暗い夜道を一人歩いて帰りながら、「ああ、この人も悪い人ではなかったのだ」と喜びます。

  そして、東京裁判に於ける堂々たる答弁をして「最後の忠節」を尽した東條さんを、著者は「やはり日本人の真骨頂を示した」と感謝するのです。


(7)最後に、奥様の見事さです。夫である著者の「用意をしておけ」の言葉に従い、自決すべく身辺を見事に整理してありました。

  半世紀前の日本人は、かくも素晴らしき人がざらに居たのです。

  戦後の日本人がいかに堕落したかを思い知らされた一書でした。


(平成20.5.17記)