台湾本土派の挫折

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伊原注:以下は、 『 関西師友 』 平成20年 5月号に掲載した 「 世界の話題 」 ( 222 ) です。

     若干、増補してあります。



         台湾本土派の挫折



       相次ぐ国民党の圧勝


  1月の立法院選に続き 3月の台湾総統選は中国国民党が圧勝しました。

  直前の予想では、民進党は勝っても負けても10万票の差、国民党は50万票差で勝つと言っていたのが、蓋を開けてみると 221万票、16.7% もの差がつきました。


  国民党系の新聞は 「 狂勝 」 と書いて、勝利を喜びましたが、国民党首脳は 「 勝ちすぎた! 」 と後悔している筈です。

  なぜか?

  これまでは多数を頼んでの野党の政権苛めを棚に上げたまま、野党の無責任な立場から陳水扁が悪い、民進党が良くないと相手に責任転嫁して済みました。

  でも、これだけ勝つと、何でもかんでも国民党の責任にされるからです。


  それにしても、予想を超えるこの大差の原因は何でしょうか。

  基本的には、安倍内閣時期の参院選同様、有権者の愛想づかしです。

  大衆は思慮が浅い、目の前で起きていることにしか思いが到らない。

  しかもテレビ時代には、その浅慮が増幅して表現されますから、揺れ幅が大きくなります。


  二大政党制の不幸は、批判票が野党に行くほかないことです。

  だから我が日本では、安倍内閣時代の参院選で民主党が多数を制してしまい、今、日本の有権者はその苦い味をたっぷり味わわされています。

  日本同様、台湾の国民党圧勝は、必ずしも国民党支持ではなく、浮動票が大量に民進党離れを起こしたにすぎなかったと私は見ています。


  台湾の有権者が、 「 中国 」 国民党と馬英九の 「 本性 」 を、これからたっぷり味わうことにならないように! 国民党と馬英九が本気で変身してくれることを祈ります。


        五分五分だった大勢


  世の中、結果論がまかり通るので、民進党は負けるべくして負けた、国民党は勝つべくして勝ったという評論が横行しています。

  でも謝長廷が勝つ見込みもあったのです。高雄では投票三日前に、謝長廷への賭金にプレミアムがついていたのですから。


  ではなぜ、民進党の総統候補・謝長廷は負けたのか?


  謝長廷が一週間前に勝てないと悟って選挙戦の手を緩めたからです。国民投票 ( 以下、公投と表現します ) を総統選から分離するよう陳水扁総統に申入れ、断られたのです。


  公投は陳水扁総統と直結しているので、同時実施すると、総統選に陳水扁総統の イメージ がちらつくのです。

  だから、謝長廷が陳総統に愛想をつかした有権者に、 「 私は陳総統と別人、民進党は新規播き直しで新出発するから投票して下さい 」 と訴えにくくなります。


  公投延期は 1週間前に中央選挙委員会に申入れ、公告する必要があります。

  しかし陳総統は 「 絶対通らぬ 」 と判っている公投に固執し、謝長廷の延期要求を断りました。

  陳総統は、公投反対と言って台湾に圧力をかけ続けた米国に、公投を強行することで、せめて一矢報いたかったのです。

  つまり、陳水扁は、台湾のためより鬱憤晴らしを優先し、公投を強行したのでした。


  これで謝長廷は勝利を断念しました。

  そして、どうせ負けるのならと、民進党再起の発奮を促すため、大敗を期待したようです。


  ついでに書き加えておくと、副総統候補の蘇貞昌も、蘇貞昌を支持した新潮流も、謝長廷の総統選挙に積極的に協力しませんでした。

  民進党の従来からの基盤の縣市で謝長廷の票が芳しくなかったのは、有権者の民進党離れもありますが、同時に民進党内の派閥争いもかなり祟っています。


        秘密投票できぬ投票所


  この辺の経緯は、この短文では意を尽くせません。

  一つだけ、公投の同時実施が、総統選から投票の秘密を奪ったことだけ書いておきましょう。


  有権者が投票所へ行くと、身分確認後に投票用紙を渡します。

  その際、国民党が民進党の公投拒否を呼掛けていましたから、馬英九支持者は公投用紙の受取りを拒みます。

  敢えて受取る人は、謝長廷支持者と判る仕組です。


  国民党は、買収効果を監視するため投票所に二人づつ監視役を派遣していましたから、確信的な民進党支持者以外は公投用紙を受取りにくく、謝長廷に投票しにくい雰囲気があったのです。

  以上は、謝長廷に投票した人の体験談です。


  こんな偏向圧力・分裂選挙の中で、謝長廷がなお 41.55% の得票を集めたのですから、民進党は決して 「 大敗 」 ではありません。


        総統選の敗因と勝因


  では、謝長廷と馬英九の争いは飽くまで五分五分のものだったか、というと左に非ず。

  やはり、負けるだけの理由がちゃんとありました。


  民進党の敗因

  主因=台湾本土派の政治的未熟さと国民党の足引っ張りへの対応不足。


  人材不足と陳水扁総統の出鱈目な人材登用が、行政の無能と汚職を生みました。

  陳水扁は学校秀才ですが、大学院を出ていず、外国留学もしていないので、留学生や修士・博士を敬遠して登用しなかったと言われています。

  それに、国民党時代の官僚 ( その多くが中国国民党員です ) の非協力や抵抗も、少なからず民進党政権を躓かせました。

  国民党の 「 反対のための反対 」 も酷いものでした。


  国民党の勝因

  主因=馬英九の本土派演技が多くの有権者、特に若者を吸引しました。

  若者は歴史など知らないし、知ろうともしない。彼らが見た馬英九は、特訓した台湾語を使い、中南部の田舎を回って民進党支持層に食い込み、厳しい中共批判をして、 「 いいじゃないか、馬英九にやらせてみよう 」 と思わせました。


  票集めのための演技でしょうが、それならそれで、有権者はその演技を馬英九に、総統就任後も続けさせればいいのです。それが民主主義の良いところです。

  私は、 「 権力を握ったらこちらの勝ち 」 とばかり、食い逃げ ( つまり公約無視 ) するのではないかと疑っているのですが。


  民進党政権や陳水扁総統に嫌気がさした有権者が、棄権したり国民党に投票したりしたことも大きいです。

  台湾の戦後史を観察してきた私としては、 「 選挙に負ける度に揉めてきたあの 『 中国 』 国民党に勝たせていいのか? 」 と台湾の有権者に訊き質したいのですが。


        宙ぶらりんの台湾


  米中結託しての公投批判も、民進党政権打倒に大きな役割を演じました。

  結局、米中も、日本を含む国際社会も、そして台湾住民の大多数も、現状維持を望んでいるのです。でも、中国国民党が、台湾有権者の望むような 「 現状維持 」 をしてくれましょうか???


  民進党は、98年の台北市・高雄市・立法院選挙で大敗したあと、独立綱領を棚上げし、台湾前途決議を採用して現状打破政党から現状維持政党に変身しました。


  でも台湾の現状は 「 法的地位未定 」 「 国際的承認なし 」 という宙ぶらりん状況です。

  そして、台湾が 「 中華民国 」 を唱え続ける限り、中華人民共和国が中華民国の継承国と認められている現状では 「 中共による併呑 」 の危険に晒されます。

  そんな 「 現状維持 」 が、台湾住民にとって 「 良い 」 筈がありません。


  台湾をこんな状況に陥れた責任は、第二次大戦の戦勝国の筆頭、米国にあります。

  その米国は、中国といちゃつくのに忙しく、台湾にかまっている余裕がない。


  しかし、西太平洋の要衝台湾を、こんな状態で放置しておいてはいけません!

  台湾の向背は、日本の安全保障に直結します。

  日本は東アジア の 安定と繁栄を確保するため、台湾を支援し、認知すべきです。

( 08.4.8/5.1補足 )