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読書紹介:



     酒井亨『台湾ってどんな "国"?』

          (日中出版、2008.2.28) 1,700円+税


  台湾の陳水扁政権時代を総括的に論じた本です。

  台湾の総統選の前に出ています。


  台湾は、ユーラシア大陸と海洋勢力の出逢う交差点に当り、大航海時代以来、世界史の激動の焦点の一つでした。

  冷戦後の国際情勢の中では、中国のいう「第一列島線」(千島列島・日本列島・沖縄・台湾・フィリピン……)の焦点です。

  日本が昭和26 (1951) 9.8調印/11.18批准/昭和27 (1952) 4.28発効公布したサンフランシスコ平和条約で主権を放棄し、それを踏襲した日華平和条約 (昭和27/1952.4.28台北で調印/8.5発効) でも主権を放棄しただけで帰属先を明記しなかった (できなかった) ため、国際法的には宙ぶらりんのままの台湾について、内側からいろいろと解きあかした貴重な本です。


  台湾の行く先について一番責任のある米国が「現状維持」で責任を頬かむり、請求権のない中共政権が「台湾は中国領」と主張し続けていますが根拠のない政治的主張に過ぎません。日本は「主権を放棄した、それ以上はいう立場にない……」と責任回避、他の諸国も、一番責任のある米国が頬かむりなので、それに追随しているだけ。肝腎の当事者である台湾住民は、諸国と争う意志なく、「住民自決」と呟きつつ、当面は曖昧な「現状維持」で「君子危うきに近寄らず……」を拳拳服膺中……


  台湾が中国のものになると、中国の沿岸水域に過ぎなかった東シナ海と南シナ海は太平洋と繋がり、西太平洋(中国のいう「第二列島線」=伊豆諸島・小笠原諸島の線まで)が「シナ海」になります。台湾が崩れると、沖縄も危なくなるでしょう。


  台湾はそういう大事な拠点を (今のところは) 守ってくれているのです。


  その台湾について、今年1月に行われた立法委員選挙という最新事情まで含めて、民進党政権時代(陳政権時代)を紹介し評価したのが本書です。共同通信の記者を辞めて2000年に台湾に移住し、民進党の党員にもなり、得意のホーロー語で (酒井さんは、客家語もできます) 台湾人と付き合ってきた著者の冴えた分析が、台湾の実態に迫っています。


  さて、本書から学ぶ点は多々ありますが、ポイントを二つに絞ります。


  第一、米中結託による台湾圧迫の始まった時期についてです。

  本書 33-34頁に曰く、


  台獨傾向が強まる流れの中で、2003年 9月28日、決定的な主張が陳水扁の口から飛び出した。民進党結党17周年記念集会の演説で、「2006年の民進党結党20周年に台湾新憲法を誕生させよう」と発言したのである。

  ところが、いつもならこうした「独立」志向発言には激しい反応を見せる中国が、暫く沈黙した。理由は不可解だが、いきなり法的独立に直結する大胆な主張が出てきたので不意を衝かれたからからかもしれない。

  陳水扁は更に駄目押しするように、11月11日には「2006年12月に国民投票を行って新憲法を誕生させ、2008年 5月の次々期総統就任日から実施したい」と、国民投票の実施と具体的な日程を明らかにした。


  酒井さんが指摘するこの問題は、中国・米国の対台政策を転換させる重大な動きの始まりでした。

  以下、お持ちの方は、私の『台湾の政治改革年表・覚書 (2003年)』 (交流協会、2004.3.31) を御覧になりながらお読み下さい。


  陳水扁総統が「総統選の投票日に公民投票を同時に実施する」と宣言するのが2003年 7月14日のことです。

  この時、陳総統が考えていた国民投票の議題は三つ、国会改造・WHO加入・第四原発でした。

  何れも、野党多数の立法院では民進党の議案が通せないので、直接有権者の意思を問おうとしたのです。


  これに困惑したのが中共です。なぜなら中共は、台湾を持て余していたからです。なにしろ、1996年の総統選ではミサイルで脅して逆効果。通したくなかった李登輝を過半数で当選させてしまった。。2000年には朱鎔基首相が脅してこれまた逆効果で、落としたかった陳水扁の再選を許してしまったのですから。


  2007 年夏、二度訪中して中国側の台湾の国連加盟国民投票実施に対する「赤線」red line (ぎりぎり譲れぬ一線) を訊き質した米国の国務省国務次官補代理 トーマス J.クリステンセン に、中国国務院台湾事務辧公室の官員 (伊原注:多分、國台辧主任の陳雲林) がこう嘆いています (『爭鳴』2007年10月号、52頁)。


  「台湾の扱いは難しい。喋り過ぎは駄目。喋り足りなくても駄目。沈黙は最悪」

  なぜか?

  「喋り過ぎると台湾人民を脅したと思われ、中国国民党の選挙に不利になる」

  「喋り足りぬと民進党に張子の虎と軽視される」

  「黙っていると、黙認したと思われる」


  そこで中共は、「経美制台」 (アメリカに台湾を牽制さす) 策を取ることにして、2003年 7月21日、國台辧の正副主任が訪米し、米国に「台湾牽制」を依頼しました。

  國台辧の主任は陳雲林、副主任は周明偉です。


  この中共の説得に米側が応じたについては、二つの理由が作用しています。

  (1) 2001年 9月11日の同時多発テロ以来、反テロ戦争 (特に北朝鮮対策) で中国の協力を得る必要があったこと。

  (2) 2002年 8月 3日の陳総統の「一辺一国」 (台湾海峡両側の台湾と中国はそれぞれ別の国) 、「国民投票で台湾の将来を決める」発言への米政権の怒りです。


  「事前に諒解を求めることなく、中台関係の現状を変えるような重大発言をした」陳総統を、以後、ブッシュ政権はずっと許しません。

  そこで、國台辧の要求に応じて陳政権を叩くことにしました。

  それが、2003年12月上旬に表面化します。

  日誌風に書きますと──


12. 1 米国務省スポークスマンリチャード・バウチャー,「台湾海峡両岸の一方が現状を変更しようとするいかなる動きにも反対する」と、台湾の国民投票反対を表明。同時にホワイトハウス の モリアーティ国家安全保障会議NSC アジア上級部長に「台獨に繋がり兼ねない国民投票に反対するブッシュ大統領の秘密親書」を託して陳水扁総統に届けさす。

12. 3 台湾行政院スポークスマン林佳龍、「陳総統が実施を目指す国民投票は、現状変更に非ず」と反論。

12. 6 陳総統 (NYタイムズ の 北京・香港特派員に):「台湾に向けたミサイル の 撤去・武力行使の放棄宣言」を求めることへの賛否を問う国民投票を総統選と同時実施する、と言明。

12. 9 ブッシュ大統領、中国の温家宝首相に「台獨反対」「現状を一方的に変えたがっている台湾指導者の言行に反対」と言明 (首脳会談後の記者会見でも言明)。


  この時、米国は中共の「経美制台」策の手先を務めたのです。

  2003年夏以降、米中は、台湾抑え込み政策に関して「一つ穴の狢」と化します。

  陳水扁総統は、米国の強い勧告に、公投のテーマこそ穏やかなもの (有権者にとって意味がよく判らぬもの) に変えましたが、公投そのものは実施しました。

  独立国なら当然の行動ですが、米国は台湾を「独立国」扱いしていません (「保護国」扱いです)。これ以来、米国は台湾の陳政権を中共と一緒になって苛め始めます。民主化を望んでもいないイラクには民主化を強制するが、民主化を進めようとする台湾には「現状変更」と言いがかりをつけて、抑え込むのです。大国の身勝手!


  昨年 (2007年) 8月末から9月にかけて、ネグロポンテ国務副長官、ワイルダーNSC アジア上級部長、クリステンセン国務次官補代理が連続して台湾の国連加盟国民投票反対を表明したのは、米中結託しての台湾抑圧劇の再演です。


  2007 年12月21日、この年最後の記者会見で ライス国務長官が「台獨反対」「国民投票反対」をわざわざ言明したのも、2週間前に胡錦濤が ブッシュ にホットラインを使って直通電話で「米国の台湾への武器売却の代償に、台湾の国連加盟公投反対言明者の格上げをしてほしい」と頼んできたため、ライスに中共の代弁をさせたのです。 (だから ライス発言は通り一遍の奇麗事発言に終始しました)


  第二、「現状維持」こそ、台湾にとっても、台湾を取巻く諸国 (特に米中両国) にとっても最善の選択だ、という説明です (143頁以下の「台湾にとって『独立』とは何か」参照)。


  我国の新聞記事は、民進党政権を「独立志向」と書きます。ですが、「独立志向」の筈の民進党政権が、一向に「独立」を宣言しないばかりか、「中華民国憲法体制」を守っています。寧ろ、中華民国体制を護持せねばならない筈の中国国民党が、中華民国憲法体制を踏みにじって平然としています。この不思議な事態が判らないと、台湾が判りません。


  民進党が「独立志向」というのは、「中華民国体制打破」の意味でした。中華民国体制とは、中国国民党の一党独裁体制を言いますが、これは李登輝総統が打破して複数政党制の民主制に変革しましたから、民進党は「独立」、つまり中華民国体制からの独立をいう必要がなくなりました。

  そこで生じたのが、民進党の「台獨綱領」の存廃問題です。


  ここで、拙稿『台湾の政治改革年表・覚書 (1997〜1999年)』をお持ちの方は、1998年の 111頁を開いて下さい。12月 5日実施の台湾の三合一選挙 (立法委員・台北市長市議・高雄市長市議) の結果が出ています。この選挙で民進党はこれまでほど「伸びず」、この敗因を「台獨綱領」に求めたのです。


  翌1999年 5月 8日、民進党は高雄で開いた党大会で「台獨綱領」は修正せず棚上げし、「台湾の前途に関する決議」で台湾は已に主権独立国であると認定し、この「独立の現状」を変更するには台湾の全住民による国民投票方式によらねばならない、としました。

  1991年の「台獨綱領」が現状打破路線であったのに対し、1999年の「前途決議」は現状容認路線であり、現状を変える手段は「国民投票」である、というのです。


  現状打破の政治勢力だった民進党が、現状維持の政党に変質 (?) した背景に、酒井さんが述べる「台湾住民の現状容認」があります。


  第一、台湾住民は「国家の建設」という邪魔臭いことはやりたがらない (147頁以下)。

  台湾住民は日本人と違い、「国家」レベルでものを考えていない。だから中国が持ち出す「一中」にも反応しない。台湾人は歴史・主権・国家に違和感を持つ存在なのだ。


  第二、「現状維持」は、米国・中国・日本・EUとも歓迎 (150頁以下)。

  米国=「台湾海峡の現状を変えるような余計なことはするな」

  中国=「台湾は何れ中国のものになるのだから、当面は独立さえしなければそれでよい」

  日本=米中追随

  EU=中国相手に儲けられれば、中台関係がどうであるか知ったことではない。

  台湾=中国との統一は望まないが、米中が苛立つ「独立」も望まない。


  第三、今の国際社会は台湾が「事実独立していると認定している」(153頁以下)

  国際社会の台湾認識=「台湾は独立国としては認めないが、そこに民主主義が運営され、独立した政治実体が存在している」


  酒井さんの結論・その一 (154頁)=台湾のこれまでの歴史を考えると、事実独立という一見曖昧な状態が台湾住民の国民性に似合っており、都合も良い。これこそ、台湾住民にとっての「天の配剤」なのだ。


  酒井さんの結論・その二 (158頁)=台湾人は要するに、中国に行けば「私たちも中国人」と言い、日本に行けば「私たちの上の世代は日本教育を受けたし、日本が大好きだ」と言い、米国に行けば「私たちも自由民主主義を達成した忠実な西側だ」と言って、それぞれが喜ぶツボを押さえて、相手の歓心を買うよう言葉を使い分けているのである。

  そして、そのどれも、本人は飽くまで本気なのだ──と。


  伊原曰く、台湾人は商売人気質だ!


  酒井さんの結論・その三 (165頁)=台湾の現状「国家ではないが、それ自体として独立した主体」という状態は、21世紀に入った現在の世界の新しい国際主体の在り方を示している。

  例:パレスチナを見よ、マルタ騎士団を見よ、ソマリアよりよっぽど国家らしい国家をなしているソマリランドを見よ。


  陳水扁総統は「台湾名による国連加盟」を国民投票にかけて成らなかったが、「国連に加盟しても、日本と同じように分担金だけふんだくられて、何のメリットも権限もないのでは、加盟する意味がない」「それより、ノービザで入れる国の数が殖えた方がいい」……


  酒井さんの結論・その四 (170頁)=これが「台湾市民社会の成熟だ」というのが酒井さんの結論です。


  伊原の結論:頗る挑戦的な台湾論!


平成20.3.1/4.20補筆)