> コラム > 伊原吉之助教授の読書室
伊原:以下は『関西師友』平成20年4月号に掲載した「世界の話題(221)」です。
「読書室」掲載に当り、増補してあります。
台湾の "現状維持"
台湾の "独立志向"
台湾の与党・民主進歩党は、日本の新聞記事ではよく「独立志向の」と形容されます。読者は「独立」とは「中華人民共和国からの独立」と読取ります。書いた記者自身もそう思っている人が居るようです。
しかし、台湾は中華人民共和国に属したことなく、中華人民共和国から「独立」する必要は全然ありません。
民進党が「独立志向」なのは、1991年に制定した「修正党綱領」が「独立建国」「新憲法制定」を謳っているからです。その「独立」とは、「中華民国体制」からの独立建国でした。
曰く、
「台湾の主権の現実に照らして独立建国し、新憲法を制定し、法政システムを台湾社会の現実に合わせ、国際法の原理に則り国際社会に復帰する」
"台湾の主権の現実" とは、1946年末に南京で制定し、翌1947年元旦に公布した「中華民国憲法」がモンゴルを含む中国大陸を領土とし、台湾を含まぬ「現状遊離の憲政体制」でした。
しかもこの憲法は、中共と内戦状態にあるという動員戡亂時期臨時條款 (1948.4.18 南京國民大會通過) と戒厳令 (1949.5.20 台灣省に発布) によって執行停止状態が続きました。
適用されたとしても台湾には適用しようがない憲法(台湾は中華民国領ではないのですから)が、長期間、凍結されていたという実に不自然な状況に、台湾は置かれていたのです。
公投台独綱領の採用
「国民主権原則に基づき主権独立の自主的な台湾共和国を建国し、新憲法を制定する」という林濁水が提案した原案に、陳水扁が「……主張については、台湾全住民による公民投票方式で選択決定する」を追加しました。
この辺の経緯は、丸山勝『陳水扁の時代──台湾・民進党、誕生から政権獲得まで』(藤原書店、2000.4.30)と、郭正亮『民進黨轉型之痛』 (台北、天下遠見出版社、1998.5.20)が明快に説いています。後者は中文ですけれども、漢字が読める人なら大意が読み取れるほど判りやすい文章です。
要するに、こういうことです。
「日本は講和条約で台湾の主権を放棄したが、帰属先は未定のままである」「中華民国は、講和で戦争の後始末が終るまでの間、管理するため一時台湾を占領していただけで、領有したのではない」という「台湾地位未定論」を、大西洋憲章−国連憲章に基づく「住民自決論」で解決を図った──という次第です。
民進党の台独論は、中国大陸の主権を主張する中華民国の台湾実効支配からの独立論であり、「地位未定論」解決策なのです。中共政権とは何の関係もありません。
台独綱領の棚上げへ
民進党は、98年12月の三合一選挙 (立法委員/台北・高雄市長/台北・高雄市議の三者を統合した選挙) で大敗し、施政が好評を得ていた陳水扁も、台北市長の座を馬英九に奪われます。
この敗北を民進党は台獨綱領が有権者に嫌われたからだと判断します。そこで党内に「台獨綱領の見直し問題」が生じます。なぜなら、李登輝が中国国民党の一党独裁体制を多党制・民主体制に変えたので、「独裁の中華民国からの独立」が必要なくなったからです。
民進党が99年5月の党大会で「台独綱領」を凍結し、新たに「台湾の前途に関する決議」を採用して、「台湾はすでに主権独立の国家である」という現状維持論に転換しました。
この時以来、民進党は「独立志向政党」ではなくなり、「現状維持」の党に変ります。
但しまだ台湾には、重要問題が残ります。
憲法制定・国名改称・独立国であるとの国際的公認。
今は「台湾が独立していることの国際的黙認」だけなので、民進党の「憲法制定・国名改称・国際的公認」要求は「台湾は中国領だ」と主張する中共政権と波風を立てます。
これが所謂「独立志向」とされる主張です。
中華人民共和国からの独立ではなく、現状の「黙認」を「公認」にせよ、「公認」を許さぬ中共政権と争え、という要求だからです。
中共政権は、国共内戦の延長上で中華民国の領土であった「台湾は中国領だ」と言います。
しかしこの要求は、二つの根拠からして無理無法です。
(1) 台湾は中華民国領ではない。
(2) 毛沢東は、建国前に外交方針を三つ建てました。
「別に竈を建てる」「部屋(中国)を綺麗にしてから客(外国)を招く」「向ソ一辺倒」です。
この最初の「別に竈を建てる」とは、本家とは別に分家を建てることを言い、中華民国を継承しないという意味です。だから中華民国の条約も負債も全部断ち切った。帝国主義のしがらみから抜け出たのです。「借金踏倒し」です。それなら、財産(領土)も受継げない。
況して台湾は中華民国の領土ではない。少なくとも、国際法上、そうは認知されていない。
ですから中共政権の台湾併呑要求は、どう転んでも成立たないものです。これがまかり通っているのは、米国の責任です。米国が、台湾の戦後処理をほったらかしにしてきたからです。
(だから今台湾では、米国に台湾の管理を任せたあと独立しようという動きがあります)
台湾人と "現状維持"
台湾は、1979年の米中国交・米台断交以後、国際的に継子扱いされて現在に到っています。ニクソンとキッシンジャーに売り飛ばされかけた(この辺の経緯は、宗像隆幸『台湾建国──台湾人と共に歩いた47年』 (まどか出版、2008.2.28)にきちんとした説明があります) 。それがカーター大統領の米中国交・米台断交で米国に「台湾関係法」が制定され、米国後見の下に生延びました。
そして1985年のプラザ合意 (円高ドル安合意) のあと輸出を伸ばして急躍進し、「四匹の小龍」のトップを走ります。
爾来台湾は、東アジアの国際政治経済の注目の的になりました。
その台湾は、1949年12月に国共内戦に敗れた蒋政権が逃げ込み、翌1950年に朝鮮戦争が起きて以来、台湾海峡を挟んで中華人民共和国と中華民国が対峙する状況となり、「一中を争う二中」の政治戦争に捲込まれてきました。
これが中共政権に台湾併呑の口実を与えてきたのです。
それ以来、台湾では独立論/中共政権との統一論/現状維持論の三つが併存/対立/交錯してきました。
現状維持論は、中共政権の併呑要求を遮断しませんから、併呑の危険に曝され続けます。
生真面目な日本人は、早く独立を宣言すればいいのにと思いますが、「現状維持論」こそ台湾に最適の論、という説を展開した本が出ました。
酒井亨『台湾ってどんな "国" ?』 (日中出版、2008.2.28)です。
きちんと紹介する紙数がなくなりましたが、北京語だけでなく台湾語 (それもホーロー語と客家語) も自在に操り、台湾人の友達が多い酒井さんの「現状維持論こそ台湾にとって最善」という論は、頗る説得的です。
米国 (ニクソンとキッシンジャー) が米ソ冷戦の中で中国抱込みのため言い出した「一中」の虚構 (台湾は中共政権とは別の国として存在し続けているのに、「台湾は中国領」と決め付ける中共政権の言い分を黙認し、台湾を国際的孤児扱いにしている「虚構の枠組」) を、米国はここ当分、改めそうにありません。
大国の身勝手!
日本や欧州諸国もこれに追随しております。
中国は目下、台湾の法的独立、つまり自国からの国際法上の離反を防ぐのに精一杯で、ひたすら現状維持を望んでいます。国内の平穏を保つのに精一杯で、台湾併呑にまで手を伸ばす余裕がないのです。
肝腎要の台湾自身は、国際社会で摩擦の多い「法理上の独立」を望む住民は少数で、「事実上の独立」つまり現状さえ維持できれば何の文句もない、というのです。
酒井さん、曰く──
台湾人はみんな商売人であり企業家であって、独立不羈の精神に富んでいる。他人に支配されたり指図されたりすることを嫌うのだ。だから中国のように台湾に居丈高になり、横暴に振る舞うと嫌われる。最近の米国も同じだと (162頁) 。
しかし「商売人」だから、そっぽは向かない。中国とも米国とも笑顔で付き合う。
中国に併呑されるのは真っ平御免だが、だからといって、台湾独立建国にも向かわない。
「台湾人が目指しているのは、『国家』という次元や土俵とは違うところにある」(164頁)
台湾人は「国家という枠組として明確になりたくない」のだ、面倒な手続きなど後回しにして、今現在、米中日の狭間で自由に泳ぎ回り続けたいのだ、と。
「煮切らなさ」に安住するのが、台湾を含む東南アジア亜熱帯地域の人々の在り方だというのです。
台湾住民は商売人気質だから、顧客とは誰とも友好的で八方美人的な態度を取りたがる。衝突は望まない。武士や農民のような「一所懸命」はお呼びではない。
国際社会は台湾の「事実上の独立」を認めているのだから、現状維持を続けることによって、当面は四方八方うまく収まる、というのです。
国民国家型でなく コズモポリタン (世界市民/根無し草) 型の生き方を好むのです。
これで 1月の立法委員選挙で民進党が負け、 3月の総統選挙でも中国国民党が勝った理由が判ります。
ならば、現状維持万歳!
(2008.3.6/3.7/3.30)