> コラム > 伊原吉之助教授の読書室
紹 介:
ヨーロッパの中世に関する三冊の本
アンリ・ピレンヌ『ヨーロッパ世界の誕生:マホメットとシャルルマーニュ』
(増田四郎監修/中村宏・佐々木克己訳/創文社、昭和35.8.31/38.12.15 3刷)
ジャック・ル=ゴフ (池田健二・菅沼 潤訳) 『中世とは何か』
(藤原書店、2005.3.30/5.30 3刷)
ジャック・ル・ゴフ (桐村泰次訳) 『中世西欧文明』
(論創社、2007.12.20)
先ずはピレンヌです。
私は本書『ヨーロッパ世界の誕生』を 1965.12.2、大阪駅前の旭屋書店で買っています。
ところが読んだのは昨年の年末、遅すぎた!
年初早々にある台湾大学日文科の集中講義のレジュメ作成中に読んだのです。
(レジュメは、この読書室に掲載してあります)
私が ヨーロッパ の 歴史を講義したのは、早くは新米の教師だった時、武庫川女子大学の非常勤講師を務め、教養課程の学生に経済学を講じた時です。
帝塚山大学では「近代の経済と経済思想」の講義で「ヨーロッパの工業化とその展開」を論じましたから、当然、欧州史に触れました。そして定年前に担当した「アメリカの国際関係」「国際政治史」の講義でも。
さらに定年退職後、三宮で「神戸社会人大学」の「現代史講座I」で「西欧の世界覇権構造」、「現代史講座IV」で「ヨーロッパ:分散と統合」を講義したとき。
それに何より、六甲男声合唱団の演奏旅行でフランスに 2度、ドイツに 1度行き、「カトリックの ヨーロッパ」と「プロテスタントの ヨーロッパ」を経験したこと。これは正に「目から鱗」の貴重な経験でした。
明治以降、日本が親しんだ ヨーロッパは、何よりも「プロテスタントの ヨーロッパ」でした。しかし、私の ヨーロッパ初体験が南佛プロヴァンス地方のカトリック教会で歌う経験だったことから、「ヨーロッパを知るには、中世を知らねばならぬ」ことを痛感しました。
さて、ピレンヌです。
本書は、1922年に発表した論文「マホメットとシャルルマーニュ」を拡充して一冊の本にしたものです (遺著として歿後の1937年に公刊された)。
邦訳にして四百頁を超える大著ですが、論旨は明快で単純、敢えて言えば、一編の論文のように単純です。
曰く、ヨーロッパの成立は、イスラームの侵入の結果である。
マホメットがシャルルマーニュに象徴される「ヨーロッパ」をつくったのだ、と。
ゲルマン民族の侵入は、地中海交易圏を基盤とするローマ世界を変えなかった。
「ローマ時代の経済生活が (つまり地中海世界が) ……メロヴィング王朝時代を通じて連続していた」(159頁)
しかし イスラームの侵入は西地中海を「イスラームの海」に変え、キリスト教徒を地中海から欧州内陸部に追上げた。かくてキリスト教徒は海上貿易から遮断され、「農業世界」「封建制社会」として「ヨーロッパ世界」が誕生する。カロリング王朝・神聖ローマ帝国とやや錯綜するが、ヨーロッパ世界は地中海貿易と縁が切れたあと、成立するのだと。
「ゲルマン民族は、征服者が被征服者に接近したが、アラビア人の場合はその逆で、被征服者が征服者に接近した」(209頁)
「ゲルマン民族はローマ世界に入ると直ぐローマ化してしまった。それとは反対にローマ人(ゲルマン)は、イスラームに征服されると直ぐアラビア化してしまった」(210頁)
かくて「地中海的統一」は砕け散った。
東方世界 (ビザンツ) が西方世界 (カトリック世界) から切り離された。
メロヴィング王朝が奢侈を極めたのに、カロリング王朝が質素だったのは、地中海貿易から切断されたため、そうせざるを得なかったのだ(242頁) と。
ビザンツが生き延びたのは、海軍を保持していたことと、貿易都市ヴェネチアと提携していたからだ。
但し、彼らが辛うじて維持した貿易は、古代地中海世界型のものである。
「ビザンツはイスラームの攻撃から東地中海の制海権を守り続けた」
しかしそれは「古代の基礎をそのまま引継いだ文明がイタリア南部とビザンツに生き残ったもの」である(260頁)。
イスラームの攻撃を制して生き延びた東方世界も、やがてオスマン帝国にコンスタンチノポリスを占領されて亡びますが、それは後の話。
──という訳で、ピレンヌは、ヨーロッパ世界の形成がイスラームの西地中海制覇にあることを、本書で丁寧に説明しました。
「ここに史上初めて、西欧文明の枢軸が北方へ押上げられることとなり、その後の幾世紀間、セーヌ・ライン両河の中間 (ゲルマニア) に位置することになった。そして、それまでは単なる破壊者として否定的役割を演じてきたゲルマン諸部族が、今やヨーロッパ文明再建の舞台で建設的役割を演ずる運命を担って登場した」(261頁)
「カール大帝の帝国は、イスラームによってヨーロッパの均衡が崩壊したことの総決算だったのである」(335頁)
「それ故、マホメットなくしてはカール大帝(シャルルマーニュ)の出現は考えられない」(同上)
「古代ローマ帝国は 7世紀には東方世界の帝国となっており、カールの帝国が、西方世界の帝国になった」(同上)
「中世の幕は、フランク王國と共に、アウストラシア的ゲルマン的なフランク王國と共に開いたのである」(同上)
ピレンヌの著書は、以上のように、「西欧世界の成立」「西欧中世の開幕」を扱っています。
では、西欧中世とはどんな世の中だったのか、を知らねばなりません。
そこで、フランスに於ける中世史研究の泰斗であり、リュシアン・フェーヴル、マルク・ブロック、フェルナン・ブローデルらの後を受け、アナール派第三世代の第一人者として活躍するル・ゴフの 2冊を繙くことになります。
先ず、『中世とは何か』です。
これは、文化ジャーナリストのジャン・モーリス・ド・モントレミーの短い質問を受けて、一般読者向けに、自分の中世史探求を語りつつ、中世 (伊原注:「中世」とは西欧にしかない時代) について縦横に語った談話筆記です。
だから読みやすいのですが、これで西欧中世が判るとは言いかねます。
私は傍線を引きつつ熱心に読み進みましたけれども、結局半知半解、要領を得ませんでした。
そこでル・ゴフの主著とも言える『中世西欧文明』にとりかかることになります。
その前に、『中世とは何か』から、二、三の点について述べておきます。
第一、ル・ゴフは冒頭で、原史料 (手稿・古文書) を使う人を「本物の歴史家」、原史料を扱わない歴史家を「二番煎じの歴史家」「素人の歴史家」「まがいもの」と称んでいます。
これは、学生を専門家に養成しようという立場からは「ご尤も」ですが、歴史への洞察力を磨くという点では、「原史料」を見たかどうかは何の関係もありません。人が歴史を学ぶ第一目的は、人間観察を通じて洞察力を磨くことにあります。だからその材料は、「二番煎じ」であろうと、「小説」であろうと、一向差支えありません。
第二、中世について、ル・ゴフが「三つの大きな王権国家・都市権力・領主制の出現」(212頁)と纏めている点が、中世を概括する上で助けになります。
(因みに、中世地中海世界は、カトリック世界・ビザンツ世界・イスラーム世界の三つが併存しました)
第三、訳者が、ル・ゴフの中世観を「あとがき」で次のように纏めています (300頁)。
商業が日常生活の中に定着し、新しい知の流入と共に大学が生れ、托鉢修道士が都市生活者のための新生活倫理を説いた時代。
教会の相次ぐ改革のため、信者の道徳観・時間意識・死生観が大きく再編成された時代。
父なる神から子なる神キリストへと神の概念の中心がシフトし、人間中心主義が芽生えた時代。
イスラーム世界、ユダヤ人といった外なる内なる他者との関係から、文化的・地理的概念としての「西洋世界」が緩やかに形成された時代。
で、『中世西欧文明』です。この大著の紹介は不可能なので、しません。
でも皆さんにその魅力の一端を知って戴くため、二、三、興味深い点を紹介しておきます。
第一、西欧中世の農作物収穫高の劣悪さ(333〜334頁)
カロリンガ時代の播種量と収穫量の比率: 2倍がやっとで、時に 1倍ちょっと(蒔いた種の量が辛うじて回収されただけ)。
11世紀〜14世紀にかけての「大開墾時代」以前は、収穫率に変化なし。
13世紀イングランドの農学書:大麦 8/ライ麦 7/豆科植物 6/小麦 5/オート麦 4
実際はこれを下回り、ウィンチェスター司教区の上質地でも小麦・大麦 3.8/オート麦 2.4
平均 3〜4だった小麦も、山間地では 2がやっと。プロヴァンス地方で 3〜4が精々。
他方、英佛海峡に面した低湿地アルトゥでは10以上。時に18に達した (現在の収穫量に近い)。
第二、中世の労働観 (351〜352頁)
「閑暇は悪魔に扉を開く」とのキリスト教の戒めから、「閑暇」を避けるためと、労働の苦しみによって原罪を贖うため、また肉体を卑しめるため、といった宗教的・道徳的目的が先ずあり、そのあとに、自らの生活と貧しい人々の生活を確保するため、という経済的目的が来る。
トマス・アクィナス は『神学大全』でこう述べている。
「労働には四つの目的がある。第一は生きるため、第二は諸悪の根源たる『閑暇』をなくすため、第三は肉体を苦しめて淫欲を抑えるため、第四は人に施すため」
勤勉が徳目であり神聖であり喜びであった日本と大違いです。
ここから、アダム・スミスの「労働は辛労であり厄介で嫌なものである。だから対価として賃金を払わないと人を働かすことができない」という労働観が出てきます。その根源はキリスト教にあったのですね。
そういえば、アダムとイヴは、禁断の木の実を食べた罰として楽園を追放され、働かざるを得なくなります。
本書は、紛れもなく大著です。
西洋中世に関する百科全書の如き教科書的書物で、1964年発刊以来、中世史を学ぶ学生が読んでおくべき「標準的著作」とされ、文庫判で版を重ねているのもむべなるかな。
「西洋中世を描いて間然するところなし」と言いたくなりますが、実はあります。
第一に、アラブ文化の影響について、殆ど全く触れていません。
第二に、それと関連しますが、古典古代からヨーロッパ人 (ゲルマンの野蛮人) が何を受け継いだかが弱い。ほとんどキリスト教にしか触れない。キリスト教の論理にギリシャ人 (アリストテレス) の論理学が使われているのですが、そしてそれが12世紀のアラブ文化を通じての継承と発見(12世紀ルネサンス) に展開するのですが、アラブを無視するため、古典古代との関係が霞んでしまっています。
これでは、このあと展開する「西洋近代」が浮き上がるではないか、と言いたくなります。
ともあれ、日本人に馴染みの薄い「西洋中世」の実像が、ここに、よく均衡のとれた形で示されています。欧米白人種の根っこについて知っておきたい人の必読文献です。
「実際に ヨーロッパを訪れてみると、ヨーロッパ は歴史を抜きにしては理解できないことを痛感する」(577頁)と訳者は「あとがき」で書きますが、私も全く同感です。
明治以降、私たちの欧州理解は、プロテスタントの ヨーロッパに傾き過ぎていたのではないでしょうか。
(平成20.2.6)