台湾に鳴り響いた 「 神の声 」

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『 産經新聞 』 平成20年1月29日付16面掲載/シリーズ 「 民進党敗北 」 以後──の第一回

( 少々増補してあります )



      台湾に鳴り響いた 「 神の声 」

            ── 中道派が政局混迷の突破口を開く──


      民進党大敗は台湾にとって天佑神助


 台湾の選挙は西太平洋がシナ海になるか否かの分岐点になるので、日本でもかねてから注目されてきた。

  ( 中国は、薩南諸島−琉球諸島−台湾−フィリピンを第一列島線、伊豆諸島−小笠原諸島を第二列島線と称し、第二列島線以西の太平洋を 「 シナ海 」 にするつもりのようです。少なくとも、この海域の海底・海流などは隈なく調査済です )


 結果はご存じの通り、中国国民党81議席対民主進歩党27議席という大差。

 国民党は実に 3/4を獲得する圧勝だった。台湾の在台中国派メディアは 「 狂勝 」 と書いた。

 定員 113議席に対し、民進党は 1/3の 28議席に達せぬ小政党に転落した。


 なぜこれほどの大差がついたか?


 二期目の陳政権は迷走して支持者の反撥を買ったが、その間、野党は民主主義の手続きや法治を踏みにじる無法行為を繰返してきた。票買収も公然の秘密。国民党は民主体制下の政党とは言い難いのである。そのことを百も承知の台湾の有権者が、なぜ国民党に投票したか?


  「 民の声にも変な声がある 」 と言ったのは福田父首相。

 台湾の今回の選挙結果もその類だろうか?


 いや、この大差は台湾の有権者にとって天与の好機である。


 第一に、対米関係が劇的に改善する ( 米中馴合いだから、対中関係も改善する ) 。

 米政府は国民党べったりで、台湾人民を無視し続けてきたからだ。

  ( 米政府は、中共および在台中国派が握る中国国民党と結託して、民進党政権を継子扱いにしてきました。中共政権が何をしようと無視・放任し、民進党政権の動きに一々 「 台湾海峡の現状を変える 」 と文句をつけて来ました )




 第二に、台湾政局に前途が開ける。

 これだけ大差がつくと、両党ともこれまでのようにいがみ合うだけでは済まない。


 国民党は、政府攻撃のほかに代案を示さないと、政権担当能力を疑われ、墓穴を掘ることになる。

  ( 国民党は民進党政権下の7年余、 「 反対 」 一辺倒の不毛政党に成り下がりました )


 議会で多数というだけで横暴が許されるほど、民主政治は甘くない。

 批判勢力がわんさと存在するからだ。


 民進党の方も、もはや野党の反対を無能の口実にできない。

 成果を生むため野党との取引・協力を迫られる。

 幸い、悪罵合戦の主役であった陳総統が民進党主席を退き、 「 和解共生 」 を説く宥和派謝長廷が後任である。2月1日に始る立法院で、早速協調が模索されよう。


      謝長廷の総統当選が決め手


 台湾政局を、与野党協力の建設型に変えるには、台湾の有権者は、3月22日の総統選で民進党の謝長廷候補を当選させなければならない。


 国民党の馬英九候補がたとえどんなに立派な政治家であろうと、国会で圧勝した国民党が総統まで取ると 「 好き勝手し放題 」 になる。

 そして 「 権力は腐敗する。絶対的権力は絶対的に腐敗する 」 ( アクトン卿 ) が不可避となる。


 ここは断じて、少数与党の謝長廷を総統に選ばねばならない。

 これで民主主義健全化の基本条件 「 牽制と均衡 」 check and balance が 機能する。


 野党多数の議会との協調については、謝長廷に高雄市長時代の実績がある。

 当時、高雄市議会は国民党が圧倒的多数を制していた。

 その中で謝長廷は着実に野党と協力関係を築き、高雄市の施政を円滑化して成果を挙げた。


 謝長廷は現実政治家だから、野党優勢の立法院とうまく協調しつつ、台湾の前途を拓いて行くだろう。


 例えば、両候補とも同じく中国投資の40%制限枠の撤廃を公約している。

 日本では 「 同じような主張で変り映えしない 」 と受止められているが、そうではない。

 馬英九=一律撤廃という杓子定規。

 謝長廷=大企業のこれ以上の投資は抑制しつつ、中小企業は一律制限せず、事情に応じて40%超の投資も認めるという柔軟なもの。


 こういう現実政治家としてのきめの細かさが、実際政治に無縁な馬英九とまるで違うのである。


      政界再編成が不可避


 今回の選挙結果が 「 天佑 」 である別の理由がある。


 国民党は半世紀、単一の独裁政党として台湾に君臨した。

 だから国民党は雑多な勢力を抱え込んでいる。


 例えば今回当選した81人は、国民党寄りの諸党派5人も合わせて、ざっと三派に色分けできる。

   中国派:二十人弱。これは先細りの勢力である。窮鼠、猫を噛む勢いを保っているだけ。

   台湾本土派:二十四、五人。これは今後益々増えて行く勢力である。

   残り約四十人:利権屋。主導権を握った方に従う日和見派。


 2000年の総統選敗北後、国民党は李登輝を党主席の座から追出し、党籍削除までして李登輝の下で台湾化しつつあった国民党を 「 中国 」 国民党に引戻した。

  「 私は純粋な中国人 」 I am pure Chinese.と誇る連戦主席 ( 中国生れ。母も妻も外省人。父は蔣介石に投じた台湾人 ) の下で、 「 退場する勢力 」 の中国派が主導権を奪回したのだ。


 その中国国民党も、民進党政権下で着実に浸透する台湾意識を気にして、今や統一色を淡くせざるを得なくなっている。

  「 究極の統一 」 を提唱する馬英九候補が、当選後、在任中に統一も独立もやらないと公約したのは、その一環である。こう言わないと、台湾人多数の台湾で票を集められなくなっているのだ。


 この情勢下で、国民党の台湾人がいつまでも一握りの中国派について行くだろうか?


 国民党は、なまじ大勢が当選しただけに、今後、党内の利権争いが激化する。現に立法院副院長を巡り六人が係争中だ。

  ( 今回の圧勝の功績者・呉伯雄中国国民党主席は、今後も従順に馬英九につき従うだろうか? )


 もし国民党本土派が30人、党を割って出て民進党と合流すれば、立法院で多数派になり、政局の主導権を握れる。

 問題=そういう先見性と決断力を持つ指導者が、国民党本土派の中に居るか?


 何れにせよ、中道派が中道左派の民進党と国民党中国派を抑え、台湾の主流派として政局の主導権を握る機会が巡ってきたのである。


 これが台湾人にとって天佑でなくて何であろうか。