> コラム > 伊原吉之助教授の読書室
伊原注:以下は、台湾の国立台灣大学日文系の大学院修士課程の学生相手の10回連続講義のレジュメです。
ご参考までに掲載します。最後の第10回が竜頭蛇尾なのは、時間がなくて内容は行ってから考えることにしたためです。
2008.1.7(月)〜11 (金) 台灣大學日文系集中講義
文明史上の台灣と日本
日本・奈良 帝塚山大学名誉教授
伊原吉之助
第一回:2008.1.7 (月) 3限:13:20〜14:10/14:20〜15:10
序論 人生・学習・文明
諸君一人一人に話しかけるつもりで話す。質問歓迎 (理解が深まるから) 。反論も歓迎。
自己紹介:読書好き→ ラジオ少年→敗戦→人生の設問と格闘→河合榮治郎の感化→社会思想研究へ…
福澤諭吉「一生に二生を経る思い……」 → 私「一生に三生を経る思い」「20世紀を経験!」
cf. 「日亜協会」ホームページ→「コラム」→「伊原吉之助教授の読書室」
諸君への設問二つ:「今はどんな世の中か?」「その世の中でどんな志を抱くか?」
I. 人生の意義=「不断の向上」:生物史32億年/人類史 400万年
cf. 人生向上の歌としての「仰げば尊し」
人としての本分:to do と to be → 志+知情意・真善美の均衡
学生の本分:to know (cf. 拙稿「指揮者と参謀」) 。職業のため? No! 世の為人の為!
知るべき対象=自分/人 (伝記) ・社会 (人間関係) ・歴史 (その時、自分ならどう決断する?)
ノート の 取り方:メモ は最小限に →当日中に清書 (→復習!) →翌日、図書館で調査+注記
素裸での勝負:人は頭の中にあるもの・身についたものでしか勝負できない
現代の罠:テレビ・コンピューター で 「自分は賢い」と 誤認/「借り物」は 実力に非ず
James Hilton, "Good-bye, Mr.Chips" の 教訓/人生中 の「変る部分」と「変らぬ部分」
II. 熟知と習熟:日本と日本人を知ること/語学習得は訓練 training 分野の作業
(イ)「知ること」の 難関:悪魔が妨害? /知った 「つもり」 の人だらけ /虫の目+鳥の目+魚の目
「使いこなせる」知識でないと役に立たない。「点取り」知識はすぐ忘れる (他律的だから)
(ロ)語学修得の コツ=集中と反復/音読/毎日欠かさず訓練/階段の踊り場に耐え抜け
何事も、苦労しないと身につかない/現代人は「楽したがり」→亡びの徴候
語学修得 は「高級」を 目指せ/「高級」=当該国の学卒 レベル
外国語での発信力を持て:北京語→日本語→英語/読書の効用/音読と筆写
(ハ)日本語の特徴=敬語。人間関係を大事にする言葉。相手により、言葉遣いが異なる
「愚妻」は「愚かな妻」に非ず!
(ニ)文明史=人類の能力開発に関わる努力+成果の展開
文化=集団中での生き方・作法 (集団固有) /文明=人の能力向上努力とその成果 (普遍的)
文明の堕落=機械に頼って怠け、能力退化。人は所詮、生身の体で勝負するほかなし
「夏は冷房、冬は暖房」に狎れるな! 常に心身を鍛錬せよ! 背筋をピンと伸ばせ! 目標集中+禁欲
人の基本=歩くこと+走ること。年をとると、足から弱る
第二回:2008.1.7 (月) 4限:15:30〜16:20/16:30〜17:20
現代は何時から始るか
地球儀と世界史年表を不断に参照せよ/地図は 上下左右に拘コダワ るな!
I. modern=現代/近代/近世。「現代とは?」──何時まで遡ればよいか?
「12C.ルネサンス」/13C.:元貿易帝国/14C.ルネサンス・宗教改革/15C.大航海時代/ 1467 応仁の乱……
伊東俊太郎『12世紀ルネサンス:西欧世界へ の アラビア文明の影響』 (岩波書店、1993.1.22)
岡田 英弘『世界史の誕生:世界史は モンゴル帝国と共に始った』 (筑摩書店、1992.5.30)
内藤虎次郎『日本文化史研究』 (弘文堂書房、大正13.9.10/昭和15.10.1 増補第七版)
応仁の乱=日本を一新 (公卿貴族→大名貴族=武士の棟梁) → これ 以後が現代日本に連なる!
私の結論:前史=南宋〜/12C.ルネサンス/応仁の乱〜 本史= 19C.〜 (国民国家+工業革命)
江南:戦国〜漢初、華南の貢納は 華北の1/3→4C. 東晉が 南渡 (南朝ヘ)、江南開発→隋唐が南北統一→隋の煬帝、大運河開鑿「江南の租は天下の 9/10」→755〜763 安禄山の乱〜 人口南下→宋による統一→江南開発 …唐中期=「江南は天下の穀倉」官用米毎年 100〜200万石/北宋= 600万石+ 200万石/南宋=「蘇常熟せば天下足る」→ プロト工業化↑・アラビア商業圏と交流
李伯重『江南的早期工業化 1550〜1850』 (北京、社会科学文献出版社、2000.12.)
〃 『多視角看江南経済史 1250〜1850』 (北京、生活・読書・新知三聯書店、2003.5.)
「今の世の中」の 問題点:
経済成長の齎す悪:工業化=エネルギー と 資源多用による省力化 →楽を求めて環境破壊
ニヒリズム の 蔓延:都会人=根無し草/既成価値観の崩壊/「希望に満ちた明日」の 消滅
対策=現状の徹底理解+「善き社会」イメージ の共有
II. 人類史と世界史: cf.宇宙史 137億年(銀河系だけで 千億の星) ・地球史46億年・生物史32億年
文明前社会 (採取狩猟) →文明社会 (農耕牧畜社会→工業社会→過剰浪費社会→仮想現実社会?)
伊東俊太郎 の 5革命説 (『比較文明』東大出版会、1985.10.1):人類史 の 5画期
-200万年 人類革命:猿→人間 (人類誕生) 。道具の使用・言語による 集団行動 (文化の発生)
-9千年 農耕革命:栽培・飼育→食糧増産。新石器時代へ。四大文明、発生。
-5千年 都市革命:余剰食糧の集積→王権・国家機構・文字の誕生→都市の誕生。
-2.5千年 精神革命:思想家輩出。体系的思想 (哲学) の 誕生。
17世紀 科学革命:西欧で、西欧でのみ生起。「知は力なり」→工業文明→世界覇権↑
現 在 第6転期:情報革命? 知識社会? いや、人間革命=物と心の調和を実現
歴史を知り、今後、どんな時代になるかを予測できると「今の生き方」が決まる
歴史への無知=記憶喪失者。「私は誰? 今何処に居る? 何処へ行けばよい?」 → identity の 原点
自国史への無知=国籍喪失。 エリート の 役割=集団の進むべき方向を示し、導くこと
第三回:2008.1.8 (火) 1限:08:10〜09:00/09:10〜10:00
海洋史上の日台:
I. 島国と大陸:島国が大陸に関わると「海洋国の自由さ」が 封じられる
(イ)英国の前例:百年戦争 (1338〜1453)→ エリザベスI時代 (1558〜1603) の無敵艦隊撃破・海外発展
(ロ)日本の前例:敗戦→大陸から開放→海洋国として貿易立国に成功 (海岸コンビナート)
(ハ)世界覇権は海洋帝国が握る:16C.葡西→17C.蘭→ 18〜19C.英→20C.米→21C.米?
海洋国の優位:A.自由 (世界中と ネットワーク が築ける) 。B.運賃低廉 (陸上は割高)
海洋国発展の大前提:A.平和と安定。B.通航の自由
(ニ)西欧の大航海時代:モンゴル帝国 (特に 元 1271〜1368) に 始る。元 の ペスト/インド の 香料/日本の黄金
17年間 クビライ に 仕えた マルコ・ポーロ, 1295 ヴェネチア に戻り『東方見聞録』執筆。黄金の国 ジパング の 話
14C.半ば の 危機=黒死病 (腺ペスト)。その特効薬・香料 (胡椒・サフラン など)
1492 コロンブス, 黄金の国 ジパング を 求めて船出。得た金で香料を買って欧州へ持帰るつもり
(ホ)日本と台湾の立地条件:颱風 (水が豊富→水田) +地震 (温泉多数、硫黄産出)
日本列島:亜寒帯〜亜熱帯/6852 の 島/ユーラシア旧大陸の 東端 (英と対称的・米と太平洋両岸)
台湾澎湖:立体的に熱帯〜寒帯/79 の 島/瘴癘の地/原住民+海賊・難民/東アジア の 要衝
問題=日本は海洋国か? 1962年に 1580隻あった 商船→2006年に 95隻
日本人船員=1958年 5万6833人→2005年に 2625人。日本人外航船員は 絶滅寸前!
海運の確保なしに生きられぬ島国/海に憧れぬ若者たち……
II. 日本の大航海時代 (倭寇・勘合貿易・御朱印船) :日台の出会い
木村正弘『鎖国 と シルバーロード:世界の なかの ジパング』 (サイマル出版会、1989.2.)
竹内実ほか『日本史を海から洗う』 (南風社、1996.7.15)
村井章介『海から見た戦国日本──列島史から世界史へ』(ちくま新書、1997.10.20)
武光 誠『海外貿易から読む戦国時代』(PHP新書、2004.3.31)
(イ)戦国時代の日本の海外貿易:軍需品貿易が中心 (切実な "必要" に 迫られて!)
前期倭寇 (南北朝騒乱〜 室町初期) :元寇+疫病への反作用。朝鮮半島+中国沿海で 米と人民を 略奪
→ 1368 明朝成立:鄭和遠征+海禁/ 1392 高麗滅亡・李朝成立:海禁
1404 足利義満、南北朝合体、勘合貿易開始 (〜1547) →1467〜77 応仁の乱 (戦国時代〜 )
勘合貿易の主目的=明の銅銭 (永楽銭) を 求めて
銅銭=東アジア 海洋交易圏の機軸通貨/銀=世界通貨 (川勝『経済史入門』142頁以下)
後期倭寇 (応仁の乱〜 文禄慶長の役) :東シナ海+南洋で 戦略物資獲得 (東アジア の 大航海時代)
輸入品=生糸・真綿・水銀・梁・鉄錬・鉄鍋・磁器・銅銭・名画・古書・薬剤・硝石・鉄etc.
南蛮=葡西 (旧教徒) /紅毛=蘭英 (新教徒)
欧州の銀搬入:葡= マラッカ・バタヴィア ルート (インド洋ルート) → 1582 天正遣欧少年使節団派遣
西= アカプルコ・マニラ ルート (太平洋ルート) → 1613 慶長遣欧使節支倉常長派遣
戦国末期〜江戸時代、日本は金銀銅鉱山の大開発期/地金を自給+巨額輸出
明の銀欠乏:銀 1両=銅銭 750文/日本 は 250文。→明銭と 日本銀を 交換
日本の銀開発= 1526 石見で鉱石採掘開始→ 1533 灰吹法導入→増産→輸入の決済・輸出商品……
→生野 (兵庫県) ・佐渡 (新潟県) ・院内 (秋田県) の開発へ
日本の銀輸出=17C.初、丁銀勘定 で 4満貫、時に 5満貫/20万kg=500万テール (小幡淳『金銀貿易史の研究』) /世界銀産額 の 3〜4割 (岩生成一『鎖国』)
寛永通寶 (1636〜1683) により、日本は アジアへの銅銭供給国となる (インドネシア でも 発見)
清の膨大な銅需要:日本 1715/正徳5 信牌 (中国船に与えた来航許可証/日本年号あり) 発行:
→清朝没収 (相手国の年号を認めると臣下の立場となる) → 1717 解禁 (日本の独自性を承認)
黎明期 ( 〜 1542):葡船の種子島到来以前。 1429 中山王、琉球統一 の前〜 琉球船の余波として
進展期 (1542〜1600):なお受身ながら、日本船の活躍も始る。 Jesus会が貿易でも活躍
1542 鉄砲伝来→黒色火薬 (硝石9 木炭2 硫黄1)・鉛・綿糸 が必需品
→戦国大名 (細川・大内氏 ら…) 、キリスト教保護・一家入信・銀銅山開発 etc.
葡船=ゴア から 積載した レアル銀貨・油・葡萄酒を マカオ で 絲・絹・綿糸布・鉛・薬剤・砂糖など日本向け商品に 換え、日本へ。年総額 5千貫〜1万貫。純益 5割。
cf. 中国=数C.で 信者数万/日本=短期に 信者数十万 (戦国大名の家族ぐるみ)
禁教の主因=日本人奴隷輸出への反対 (岡本良知『16C.日欧交通史の研究』原書房,昭和17/49)
最盛期 (1600〜1639):1600蘭 Liefde 号が 豊後に漂着。1609蘭東インド会社船 2隻平戸入港。英も
天下泰平→商工業↑→需要↑→日本商人が海外進出……
朱印船貿易時代(1604〜1635) 日本人10万人 が 356隻の 朱印船で 台湾・ルソン・交趾・カンボジア・シャム ヘ。南洋の日本人町27ヶ所。輸入品=絲・絹・鹿革 (鎧・鞍の材料)・香 (伽羅・沈香) など。
朱印船の競争力=豊富な日本の産銀/葡西は国家・蘭英は特許会社・日本は民間の貿易商人
家康、貿易の管理強化。→朱印船貿易→長崎貿易・白絲割符商法→禁教。
鎖国期 (1639〜 ):蘭船・中国船の ほか シャム船とも貿易続く (1661〜1688 の 28年間に 30隻来航)
18C.後半の田沼時代に南鐐二朱銀発行: 1両=4分/1分=4朱 (金貨の単位) →金本位制
→江戸時代の日本:通貨自給→信用制度確立→ プロト工業化実現 (先進的経済水準を達成)
(ロ)台湾:高山国 (タカサグン)・高砂・タイオワン →臺灣。東アジア 貿易路の要衝。明清交代時の戦乱の拠点
1593 秀吉(原田孫三郎)入貢要請。1609家康(有馬晴信)出兵。1616村山等安が 13隻で遠征
1602 倭寇の一団、明軍に追われて台湾に逃込み 3ヶ月蟠踞。明軍駆逐/1604 蘭、澎湖初占領
1619 鄭芝龍 (州出身。葡語を話す) 平戸に行き 田川七左衛門の 娘マツ を娶る。 1624 長男誕生
1621 顔思齊・鄭芝龍一味26人北港上陸:対日貿易拠点/貿易船を襲撃
当時の台湾=鬱蒼たる森、鹿だらけ。農耕よし狩猟よし漁撈よしの美麗島/但し風土病蔓延
1622 蘭船 7隻、澎湖再占領。1624明軍、駆逐。蘭 Tayouan (安平) に 堡塁を 築き貿易統制
特産物=鹿皮 (陣羽織の材料) 対日輸出11万枚 (1634) →15万枚 (1638)
鄭芝龍、蘭と共存しつつ兵を養い、金門・厦門・広東を攻撃
1625 蘭が輸出入に 10% の 関税→28濱田彌兵衛、既得権を主張して衝突/原住民、家光に拝謁
蘭、漢族に土地・農機具・資金・種子を与え 開墾。甘蔗栽培 の モノカルチュア/インド から 黄牛導入
バタヴィア・台湾・長崎で多角貿易:巨利を博す。香辛料・錫・琥珀・木綿・阿片/銀/絹・陶磁器…
1626 西、鶏籠の和平島を占領・城砦を築く:北投で硫黄採取。→1642、蘭が撃退
1628 鄭芝龍、明朝の招撫に応じ、競争者を捕斬して海上権を掌握、対日貿易で巨利を得る。
鄭成功も やがて父のあとを継ぎ、対日貿易 (生糸が主) で巨利を博し反清復明活動に従事
鄭家集団時代の台湾=日本・シナ大陸・交阯・マニラ・カンボジア・シャム など 南洋を結ぶ貿易の拠点
cf. 任鴻章『近世日本と日中貿易』 (六興出版、1988.12.10)
1631 鄭森 (成功) 、母・弟と中国へ (父の許へ)
1642 蘭、鷄籠に拠るスペイン人を攻め、敗走さす
1644 李自成、北京占領:毅宗崇禎帝自縊。明朝 (1368〜 ) 滅亡。鄭父子、福王弘光帝を擁立
1645 福王の南京政権、潰滅。→鄭父子、福州で唐王隆武帝を擁立 (福建政権)
鄭成功、唐王から明の国姓「朱」姓を賜る
1646 福州陥落、唐王捕わる。鄭芝龍、清朝に帰順。鄭成功、父の幽閉・母自殺で武力抗戦へ
1648 鄭成功、福建沿岸を回復し、桂王 (永明王) 永暦帝に表を奉る
1650頃、蘭、台湾を貿易基地化:シナ・日本・南洋・欧州。蘭の台湾での利益=40万ギルダー (金 4トン)
台湾=蘭の経営で「輸出志向の経済基地」性格を構築/大陸=自給自足の小農経済
1653 清朝、鄭成功招撫のため、鄭父子を特封:鄭成功、これを拒否し、父に決起を促す
1656 清朝、海禁令:鄭成功対策=沿海の民間商船の出海・私貿易を厳禁
1658 台湾の糖産額 1万7000石。日本・ペルシャ に輸出
1661 清朝、遷界令:鄭成功孤立化策=沿海5省の沿海住民を海岸から30里内陸へ強制移住
鄭芝龍、謀叛律で処刑。鄭成功、台湾の蘭人を攻撃、台湾基地化へ
1662 蘭、台湾から撤退。鄭成功、歿 (39歳) 。鄭經(成功の長男)が後継
蘭末期の台湾の人口:原住民 15〜20万、漢族 5万/別説=総人口10万余、うち漢族 2万余
鄭成功の軍隊と家族= 3万。食糧確保が急務。→南部開拓へ/鹿、乱獲と棲息地縮小で激減
1674 鄭經、呉三桂らと大陸侵攻。1680台湾に敗退。鄭軍、四分五裂。1681鄭經歿
次男12歳の鄭克 (土爽) が後継/鄭氏政権、反清復明戦争で住民に重税を課し、怨嗟の的となる
鄭氏政権が台湾経営に専念していたら、台湾は早期に独立繁栄していた……?
1683 鄭克 (土爽) 、清朝に降伏:清朝の「裏切奨励策」で鄭軍、寝返り続出
1684 台湾、清朝直轄領となる:福建省所属、臺灣府の下に 3縣 (台湾・鳳山・諸羅) 設置。
1758 政府命令=平埔族は漢族の風俗・姓名に変えよ。→原住民の漢族化
1811 台湾の人口 200万に達する
1854 ペリー 来航し、石炭鉱脈を探査。帰国後、台湾占領を進言
1860 北京条約:淡水・安平を通商港に開放。台湾経済、繁栄へ
1861 樟脳輸出6000担:台湾最大の輸出品となる。当局、樟脳を官営・専売化
1866 英人、淡水で 茶の栽培開始:品種改良・拡販努力。→茶業、隆盛
1871 69人の沖縄人、漂着し、牡丹社原住民に殺される
1872 日本政府、台湾出兵を決定。→1874 日本軍3600牡丹社攻撃、パイワン族降伏
1875 清朝、台湾を全面開放。台北府、淡水・新竹・宜蘭などの縣を設置。台湾北部、発展開始
1885 台湾、省に昇格:初代巡撫=劉銘傳 (任期 6年) 鉄道、海底電線、郵便、水力発電所、学校
1895 馬関条約で台湾を日本に永久割譲:
第四回:2008.1.8 (火) 2限:10:20〜11:10/11:20〜12:10
日英の大航海時代: ユーラシア大陸周辺国興隆の並行現象
cf. 濱下武志・川勝平太編『アジア交易圏と日本工業化 1500-1900』 (藤原書店、2001.9.30)
川勝平太『日本文明と近代西洋:「鎖国」再考』(NHKブックス、1991.6.20/93.12.10 6刷)
川勝平太『経済史入門:近代日本文明誕生の謎を解く』 (日経文庫、2003.9.8)
川勝平太『文化力──日本の底力』 (ウェッジ、2006.9.25)
I. 英国の産業革命 Industrial Revolution:後進国の輸入代替
三角貿易による生活革命:西インド(工業製品・奴隷・砂糖)/東インド(茶と陶磁器・木綿・銀)
飲物革命: アルコール飲料 (エール・ワイン・ジン) →非アルコール飲料 (砂糖+メヒコ の ココア/アラビア の コーヒー/シナ の茶)
17C.前半、蘭東インド会社が欧州に初めて茶を持込む。緑茶と陶磁器 が ワンセット
広東語 ch'a →日本語 (朝鮮経由)・葡語 (マカオ経由)・ヒンズー語・ペルシャ語 cha/アラビア語・ロシヤ語chai
厦門語 tay/te →蘭語 (厦門直輸入) thee/ドイツ 語 Tee/英語 tea/佛語 the
1689 新女王 メアリII, 茶・磁器・漆器 など 東洋趣味を蘭から持込む。アン女王 (1702-14) も東洋趣味
飲茶の習慣:王室→上流階級→庶民層へ (コーヒー、ココア、 緑茶→紅茶へ)
18C.中国茶の輸入、急増。1760 総輸入 の 40%/インド産キャラコ を抜いて首位へ……
1784 茶の関税↓ (119%→12.5%) →茶の消費、爆発的に増大・陶磁器の需要も↑
木綿衣料革命:1613〜 キャラコ・モスリン →キャラコ熱↑→ 1700 輸入禁止令→ 1720 消費禁止令→自給へ
厚手 の woolen →薄手 の worsted→新毛織物 (薄地・明色・廉価) →木綿 (太番手→細番手)
環大西洋木綿経済圏の出現:奴隷の衣料として インド産木綿に対する巨大市場が発生
ランカスタ 製造 の ファスティアン織 (経糸=麻/緯糸=綿の交織) →綿の強い経糸生産が必要となる
「作れば売れる」状態が出現→大量生産圧力↑→動力革命 (人力・水車→蒸気機関)
鉄増産 (コークス製鉄法+反射炉製鉄法) →作業機の鉄製化→品質向上 (細く丈夫な糸へ)
機械化の威力=均質化・大量供給。→農作物も均質化と大量供給が求められた
北米植民地の綿+紡績機・紡織機の発明・改良→自給自足達成→生産過剰→輸出圧力↑
1820〜 英の綿製品輸出が本格化。1840〜60 自由貿易体制 Pax Britannica 確立
(海軍海運力+外交力+製品の国際競争力と、それを支えた精神力)
工業生産力=1890年代に米が英を抜き、20C.初等に獨が英を抜く
巨大化した工業力→原料供給地+製品消費地を求め、世界再分割の帝国主義時代↑→I大戦へ
II. 日本の勤勉革命 Industrious Revolution (平成元年=昭和64年=1989)
速水融「近世日本の経済発展と Industrious Revolution」(『徳川社会からの展望』同文館、平成1)
フェリペII (1527〜98) と豊臣秀吉 (1536〜98)/レパントの 海戦 (1571) と 文禄(1592〜) 慶長(1597〜) の 役
鉄砲渡来→天下統一の促進/世界観の革命的変化 (唐天竺→世界図) /文物渡来=キリスト教・医術・数学・幾何学・天文学・暦・航海術・印刷術・音楽・衣服・食物・植物……
戦争を正当化した西欧(グロチウス『戦争と平和の法』1625) と 鉄砲を封印して天下泰平を選んだ日本
木綿衣料革命:麻→綿へ 日本の生活革命=薩摩薯・南瓜・煙草etc.金銀銅の地金開発etc.
木綿=旧大陸 の インド/新大陸 の ペルー・ブラジル 日本=戦国時代に綿作開始→元禄期までに完全自給
軍需品 (兵衣・旗幟・火縄・帆布etc.) →庶民の衣料革命→米作から棉花畠へ (金肥+勤勉)
18C.前半=新井白石・將軍吉宗が輸入品の国産奨励 →18C.末=最も遅れた砂糖も自給
欧州:Industrial Revolution 商業化 →資本 (資金・機械) 集約・労働節約 →労働生産性↑
日本:Industrious Revolution 商業化 →資本 (農地・牛馬) 節約・労働集約 →土地生産性↑
飼料用の農地節約/裏作・間作で反収↑→地力↓→金肥 (干鰯・干鰊・〆粕・油粕) +深耕
勤勉=美徳/怠惰=悪徳という道徳観が庶民にまで浸透
現代日本人 (元禄〜戦後の高度成長期) の 特質=「職人気質」 (作物・器物を丹精籠めて作る)
第五回:2008.1.9 (水) 1限:08:10〜09:00/09:10〜10:00
欧米の近代国家形成:
I. 欧米に影響した先進文明三つ:アラブ/北米原住民/清朝皇帝
(イ) アラブ の影響二つ:A.西欧の形成。B. アラブ文明の摂取 (その後の発展の基盤)
A.西欧世界の形成:アンリ・ピレンヌ『ヨーロッパ世界の誕生:マホメット と シャルルマーニュ』 (創文社、昭和35.8.31)
アラブ 西地中海占拠→西欧北上・ビザンツ と 断絶→800 カール大帝戴冠→812 アーヘン条約 (西欧・ビザンツ共存)
800 シャルルマーニュ戴冠:神聖 ローマ帝国。古代地中海・ローマ の 伝統↓/独自 の ローマ風ゲルマン風文明↑
8C.以前=古代地中海経済の連続。 8C.以後=それ との 完全な断絶 (地中海閉鎖・商業消滅)
西方世界:地中海的東方世界ビザンツ から 分断され、北方へ。土地中心・自給自足の封建制中世へ
B.アラブ から の 学習: アラブ=アラビア人尠く 殆ど イラン人 トルコ人 ユダヤ人ら
cf. 伊東俊太郎『近代科学の源流』 (中央公論社、昭和53.10.25/60.8.20)
アラビア の 科学・文化= 8〜15C. に アラビア語で文化活動した人々の科学・文化
アレクサンドリア の 高度な ギリシャ科学を受継ぎ イラン・インド・中国などの古来の科学を吸収・融合し 独創を加える
1. シリア・ヘレニズム 期: 5〜7C. ヘレニズム文化圏→ シリア文化圏 (ネストリウス派が ギリシャ文化と共に エジプト ヘ…)
2. アラビア・ルネサンス期: 8〜9C. シリア文化圏→アラビア文化圏 (頂点=10〜11C.)
3. 12C. ルネサンス期: 12C. アラビア文化圏→西欧 ラテン文化圏
西欧の 12世紀 ルネサンス:欧州近代化の出発点・革新の12世紀
アラブ が 断ち切った地中海古典古代文明を アラブ から受継ぎ、西欧発展の基礎を確立
cf. アンリ・ピレンヌ『ヨーロッパ世界の誕生:マホメット と シャルルマーニュ』 (創文社、昭和35.8.31/38.12.15,3刷)
アラブ が キリスト教徒を西地中海から締出す→欧州内陸部 (アルプス以北) を 開発→ヨーロッパ の 形成!
内因:政教分離→封建制社会 (国民国家への道) →食糧増産→都市・大学の成立……
外因:アラビアとの接触を通じ ヘレニズム文化の精髄と その イスラーム的発展を学習、知的基盤を確立
「異国の先進文化を吸収しようとする、わが幕末の先駆者に似た熾烈な知的情熱と努力」(220頁)
若干の事例:0 を 含む インド数字 (CCCLXII →362, VII→7)と 10進法/alchemy, alcohol, algebra, algorithm, alkali, antimony, arabesque, arabic numerals, chemistry, cotton, soda, sugar, …
「科学」×「技術」→工業革命→世界制覇
(ロ)北米原住民からの学習:
cf. グリンデ/ジョハンセン(星川淳訳) 『アメリカ建国と イロコイ民主制』(みすず書房、2006.1.23)
北米入植後、開拓民の原住民観が変化:野蛮人→「気高い自然人」「自然法に基づき自治連合を形成する社会的存在」「絶対的自由を諸邦連合により実現」
→個人の権利に基づく政府を樹立するための実践モデル を 提供。英国の植民地政策への不満↑に従い、反抗の根拠となる。town meeting も原住民に学んだもの。
原住民の原則=誰もが平等、何人も その自由を奪う権利なし。神が自分たちを自由にお造りになり、何人も他人を支配する自然権を持たず。民の声 vox populi で動く政治 →平和と愛の社会を実現
主権=民衆。指導者は説得と合意によってのみ動き、強制なし。→参加民主主義による自治
アメリカ開拓民は皆、イロコイ族の自治理念を熟知。独立=自由な原住民に学んだ開拓民の当然の帰結
アメリカ民主主義=アメリカ先住民と欧州の政治理論の混合物
トマス・ペイン が 『コモンセンス』で 取上げた自然権の議論は イロコイ理念の採用
ジョン・ロック の 自然状態は アメリカ原住民の社会に関する報告に基づくもの……
イロコイ聯邦の代表民主制・三権分立モデル・自治理論:合衆国憲法の先行者
自由と統合を両立させた原住民の実例→啓蒙思想に影響し、アメリカ独立革命・フランス革命を導く
(ハ)清朝皇帝からの学習:
cf. 矢沢利彦『西洋人の見た中国皇帝』 (東方書店、1992.5.30)
佛 イェーズス会士 シル・コンサンタン (當信, 1670-1732) が広東から「京報」紹介の書簡 を 3通送り、フランス で好評を博す。ヴォルテール (1694-1778), ディドロ (1713-84), ダランベール (1717-83)ら フィロゾーフたちが読み、シナと シナ皇帝を褒め称える形で ヨーロッパ の 絶対王政を批判。
ヴォルテール は『哲学辞典』に「シナ論」を 書き、シナ を模範的な国と称えて欧州の現状を批判した。曰く、
「シナ の 組織は曾てこの世に存在したもののうち、最上のものである。シナは あらゆることが家父長的権力に基づく唯一の国である。地方官吏が職を去るに当り、地方民の惜別を受けない時は罰せられる唯一の国である」「シナ に 於ては農業が心から尊敬される」「かかる実例に接し、我が ヨーロッパの 君主は どうすべきか。称賛せよ、赤面せよ、だが何よりも模倣せよ」
「シナ の皇帝は 天命を受託して統治しているが、これは『自然法』に基づく統治であって頗る望ましいものだ」(ケネー「シナの 啓蒙専制」) 。
ケネー に とって「啓蒙専制」とは「法と統治の基礎箴言を正しく守らせるための絶対権力」
「行くに任せよ、過ぎるに任せよ」の 自由放任であって、強制ではない。
II. 蘭→英米→佛:国王専制 → 法治+代議制 (government by the people)
(イ)蘭 1568 独立戦争 (80年戦争) 開始。相手=スペイン王国
1581.7.26 ネーデルラント北部 7州「忠誠廃棄宣言」 (世界初の自由民権宣言) →英・米・佛に影響
「人は君主のため神が創り給うたものに非ず。人は、正邪善悪に拘らず君命に盲従し奴隷の如く奉仕するため神が創り給うたものに非ず。逆に君主は人民なくして存在せず、父が子にする如く、牧人が羊にする如く正義と公平を以て人民を養育し保護し統治するために在る。この原則に反して、人民を奴隷の如く扱う者は専制者と見做し、人民の謙虚な請願や祈りによっても元来の権利を保障できず、他に方法なき場合は、特に各州の決議ある場合は、君主を拒否または廃位してよい」
→「ユトレヒト同盟」7州,「オランダ聯邦共和国」として スペイン王国からの 独立を宣言→ 1648 ウェストファリア条約で確認
(ロ)英、蘭を助けて西を叩き、興隆した蘭を佛と組んで叩き、興る佛と闘って覇権獲得 (佛は米植民地軍を支援して英から切離す) 。その間、ピューリタン革命 (1642-60)・名誉革命 (1688) で 中産階級登場の準備を整え、工業革命で世界最強国となる。
(ハ) アメリカ 独立革命:原住民の自由連合+欧州の啓蒙思想 (John Locke) の 産物
原住民と交流して学び、「自由な植民地」を形成。タウン・ミーティング, 議会が発達
1763 フレンチ=インディアン戦争(7年戦争) で 英勝利。この軍費回収を植民地に押付け→ 73 ボストン茶会事件へ
1776「独立宣言」→78佛、英に宣戦。79西、佛の同盟国として参戦。露中立。蘭も敵。→英、孤立
1783 パリ 講和条約:アメリカ独立:英佛II百年戦争 (1689 アウグスブルグ戦争〜1815 ナポレオン戦争)
(ニ) フランス 革命 と ナポレオン戦争:アメリカ独立を支援したフランス人が母国で起こした自由の連鎖反応
1789 全国三部会召集→封建制廃止決議→人権宣言
1791 国王一家逃亡事件→共和主義運動↑→93国王処刑→94テルミドール開始→99 ナポレオン軍事独裁開始
(ホ) イギリス 工業革命 (1775?〜1810?):中産階級国家としての国民国家形成
砂糖プランテーション を核とする三角貿易→生活革命の一環としての インド木綿輸入代替の工業化
第六回:2008.1.9 (水) 2限:10:20〜11:10/11:20〜12:10
日本の近代国家形成:非西欧で唯一の近代化成功例
I. 天皇の存在:親政→象徴。日本国家の楕円的二中心構造(天皇が上の縦型楕円)
武光 誠『天皇の日本史』 (平凡社新書、2007.5.10)
吉田 孝『歴史のなかの天皇』 (岩波新書、2006.1.20/2.24 3刷)
藤田 覚『幕末の天皇』 (講談社選書 メチエ、1994.9.10/2004.3.30 6刷)
日本の君主制の三時期(上山春平):
1.成文法のない時代:
2.律令的君主制時代:645 大化の改新→701 大宝律令〜明治維新
中国=易姓革命 (血統断絶) /日本=天照大神の子孫→万世一系
しかも 日本は天皇 (権威) と 太政官 (権力) を 分離→摂関政治・武家政権
3.憲法的君主制時代: 1868 明治維新〜
天皇=実力者→輔弼起用で祭司+文化人:摂政関白→武家政治。重大事に公平な裁定を下す人
学ぶべき事:御学問(帝王学)・和歌・好色の道・幽玄の儀(順徳上皇『禁秘抄』)
神々を祀る最高位の祭司+政権任命者:五穀豊穣・天下泰平・病気平癒などを祈る
「日本は神国」 (『古今著聞集』) /「我国は天照大神の子孫が治める国」 (『平家物語』) /「大日本は神国也」 (北畠親房『神皇正統記』)
天皇+3権門(公卿・寺社・武家)/「京の王権」と「鎌倉・室町・江戸の王権」の重層併存構造
天皇を頂点とする政治組織が、時に応じ形を変えつつ、連綿と日本を統治し続けた。
祖先は神話時代にまで遡る世界最古の王家/京都御所は無防備なのに犯されず!
II. 江戸時代:成熟社会に於ける文化生活の普及 (識字率↑→庶民の日常生活の中に浸透)
ロナルド・トピ『近世日本の国家形成と外交』 (創文社、1990.9.10/1991.5.30, 2刷)
小島慶三『江戸の産業ルネッサンス:近代化の源泉をさぐる』 (中公新書、1989.4.25)
鬼頭 宏『文明としての江戸システム』 (講談社「日本の歴史 (19) 」、2002.6.10)
宮本又次『豪 商──日本の町人』 (日経新書、昭和45.11.25/50.3.25 8版)
田中英道『国民の芸術:日本の美の凄さ』 (産經新聞社、平成14.10.30)
特筆すべき点二つ:武士政権が軍事大国を軍縮ヘ 1635 大船建造禁止令/高信用社会の構築 (世界初)
権力行使 (貢納を取る) の代り、清貧に甘んじた武士層
ジェフリ・パーカー『長篠合戦の世界史:ヨーロッパ軍事革命の衝撃 1500-1800』 (同文館、平成7.7.20)
ノエル・ペリン 『鉄砲を捨てた日本人──日本史に学ぶ軍縮』 (中公文庫、1984)
秀吉の鉄砲狩で兵農分離→武士、土地から切断、官僚へ→鉄砲を封印し、刀に戻る
江戸時代 (1603〜1868): 270年の「天下泰平」を実現。儒教の採用→徳治主義 (欧は覇権主義)
治者の心得=「修身斉家治国平天下」 →統治の正当性=有徳 (欧は富国強兵。∴軍事技術↑)
日本型華夷秩序=1630〜 大君外交/朝鮮・琉球・オランダ・清朝と交流
自給自足体制を確立:17C.の 輸入品 (糸・絹・木綿・砂糖) →18C.に 自給/海洋中国からの自立
商人=薄利多売/信用第一 →お天道様を畏れ、公義実現
「商内は高利をとらず正直によき物を売れ末は繁昌」 (白木屋呉服店の大村彦太郎可全)
「現金掛値なし」の定価販売を断行した越後屋呉服店 (馴染みも一見の客も同じ扱い)
職人=誠実な仕事ぶり。隠れるところまで磨き上げる丁寧な仕上げ
農民=勤勉革命を達成。勤労=美徳という倫理観に到る
第七回:2008.1.10(木) 1限:08:10〜09:00/09:10〜10:00
清朝:シナ歴代王朝 の モデル:
I. 中華世界の構造:
(イ)秦の始皇帝以来の専制支配体制:「超安定システム」
金観濤・劉青峰『中国社会の超安定システム:「大一統」の メカニズム』 (研文出版、1987.5.25)
(拙稿「中国が専制を繰返す理由」)
知識人を科挙官僚として登用。→進化の芽を摘む。∴永遠の反復へ
易姓革命:歴史の非連続。専制支配で似ているほかは、別々の王朝
(ロ)黄河文明と長江文明:
安田喜憲『大河文明の誕生──長江文明の探求』(角川書店、平成12.2.29)
〃 『文明の環境史観』 (中央公論社、2004.5.10)
拙稿「動物文明から植物文明へ転換しよう」 (『産經』07.3.24)
黄河文明 (四大文明も) =乾燥農業+牧畜=収奪の文明
長江文明=湿潤農業+魚=森の文明・美と慈悲の文明
(ハ)清朝の複合構造:中華民国も中華人民共和国もこの過大版図を継承したため、纏めるのが至難!
滿洲族の指導者:滿族の故地滿洲を支配。拠点=盛京 (奉天=Mukden・瀋陽)
漢族のシナ皇帝:シナ本土に君臨して直轄統治。拠点=北京
元朝の玉璽を得てチンギス・ハンの 継承者となる:チベット佛教の施主
シナ皇帝として藩部 (モンゴル・青海・チベット・新疆) に 君臨。拠点=熱河 Jehol (承徳)
(ニ)清朝の歴史的位置:三つの流れの結節点
北方政権=遼 (契丹 916〜1125)→西遼 (1125〜1201)→金 (女直 1115〜1234) →元 (モンゴル 1226〜1271)
皇帝専制・科挙官僚体制の極致=宋 (960〜1127) →南宋 (1127〜1279)→元 (1271〜1368)→明 (1358〜1661)→清 (1616〜1912)
非連続の中の連続面=辛亥革命にも拘らず、清朝→中華民国→中華人民共和国に共通性あり
領土過大 (固有の版図=関内) 、人口過剰 (農民 1人当り耕地=世界平均 の 40%/水資源=28%)、人民雑多、北方政権的性格、縦割り専制支配、官僚の腐敗、お上と下々の峻別 etc.
中共政権は歴代王朝より搾取が酷い? 阮銘:中国=「開放式共産奴隷制国家」
阮銘:共産奴隷国が拒否権を持つ安保理常任理事国とは「とんでもない」→ アメリカ が 容認しているため
II. 西力東漸への対応:日中の対応の違い (和魂洋才と中体西用の差)
政権交代・体制変革が必須と考えた日本/武器の利用で済まそうと考えた清朝
幕藩体制護持の井伊大老が暗殺された日本/清朝護持の西太后が主導権を握り続けた清朝
西欧の文物を珍しがった日本の役人/見向きもしなかった清朝の役人
屈辱を バネ に 実力養成を図った日本/帝国主義を憎むだけで実力構築しないシナ人 (阿Q)
「どうして作りますか?」と訊く日本人/「どこで売ってますか?」と訊くシナ人
油にまみれて仕事する日本人エリート/手を汚そうとしないシナ人エリート
「工業マインド」「職人気質」の日本人/「商業マインド」「官僚気質」のシナ人
第八回:2008.1.10(木) 2限:10:20〜11:10/11:20〜12:10
世界大戦と日台:
I. 第一次大戦と日台:
日本:重化学工業化 (『日本経済 の 200年』日本評論社、1996.1.20, 202頁)
軽工業% 重化学工業% 鉱業│I大戦後、スト頻発・労働運動↑・社会主義↑
1910 64.4 20.3 4.6 │経済の中心:大阪→東京
1915 56.8 27.8 5.7 │
1920 54.9 31.5 5.6 │
1925 62.7 23.0 3.4 │
台湾:工業化 (米糖二作モノカルチュア の 行詰まり→電力開発して工業化へ)
拙稿「台湾の工業化と皇民化運動──昭和十年代の台湾」 (『帝塚山大学紀要』第17号80.12.20)
1930年代の台湾の大転換:一次産品豊作貧乏時代の到来→日月潭発電所建設と工業化の始動
I大戦→欧州外で食糧増産:米国・アルゼンチン・カナダ・濠州 →戦後も減産せず
停戦→軍需品↓(イ) 爆薬製造の空中窒素固定法→肥料増産→農産物増産
(ロ) 馬→トラック・戦車→播種用トラクター・収穫用コンバイン →農産物増産 (而も先進国で)
(ハ) 膨大な馬糧需要が消滅→農産物、だぶつく
→豊作貧乏 (農産物価格 1/3 に下落) →地主・農民の購買力↓→世界大不況へ
一次産品移出依存の台湾経済、大危機→工業化へ方針転換
日月潭発電所→世界大不況で資金↓→難産→昭和10年代にずれ込み、台湾、工業化へ
北波道子『後発工業国の経済発展と電力事業:台湾電力の発展と工業化』 (晃洋書房、2003.3.30)
II. 第二次大戦と日台:西進する米国と衝突した日本
米国の西進:Manifest Destiny と太平洋捕鯨/1783 パリ条約で 英から アパラチア以西領有/1803 Louisiana Purchase/1819 Florida 獲得/1845 Texas 併合/1846 Oregon割譲/Mexico 戦争→California/New Mexico 獲得/1853-54 Perry来航/1861〜65南北戦争/1867 露からAlaska購入/1869 大陸横断鉄道完成/1898 米西戦争プェルトリコ併合・キューバ保護領・グアム・ハワイイ・フィリピン領有/1914 パナマ 運河開通……
日米の並行現象:江戸開発・植民開始/鎖国・孤立主義 (モンロー主義) /東西戦争 (西南雄藩 vs.幕府) ・南北戦争/日清戦争・米西戦争 (植民地帝国へ)
総力戦下の日台
日本=I大戦の激戦場に参加しなかったため、「総力戦」が身につかず
それでも昭和十年代に軍官中堅の国家運営体制を構築:統制経済・総力戦体制・軍部支配体制
中堅官僚複合体が トップ を 傀儡に国家を牛耳る体制/指導中心なし/中央省庁割拠体制
「帝国憲法」の欠陥が露呈:首相が閣僚の任命権・罷免権を持たず
台湾=支那事変+大東亜戦争の二段階で工業化が進展。台湾、南進基地化
1937 1938 1939 1940 1941
農業生産額% 47.91 48.69 44.49 41.0 43
工業生産額% 43.25 41.70 45.94 47.5 49.9
出所=楠井隆三『戦時台湾経済論』 (台北、南方人文研究所、昭和19.11.,157頁)
台湾人の近代組織への適応 (拙稿「台湾の皇民化運動──昭和十年代の台湾 (2)」中村孝志編『日本の南方関与と台湾』天理教道友社、1988.2.26)
第九回:2008.1.11(金) 3限:13:20〜14:10/14:20〜15:10
第二次世界大戦後の日台:重荷を背負わされた日台
I. 日本:占領と "独立"
敗戦:満洲事変以降の戦争の筈なのに、千島列島・樺太・朝鮮・台湾まで放棄させられる
ポツダム宣言「日本国の主権は本州・北海道・九州・四国並びに吾等の決定する小島に局限さるべし」
米国:共産国ソ連を支援して、反共の日独を叩く →東西冷戦は自業自得
スイス の 外交官・歴史学教授カール J.ブルクハルトの 言 (ラインハルト・ゲーレン 『諜報・工作』読売新聞社、1973.3.5,14〜15頁) :「独日は露の拡張に対する天敵だ。ところが西側、つまり 露の拡張によって最も脅威を受ける筈の英米は独日の弱体化に全力を挙げている。日英同盟の破棄は、私からすれば、全く二次的な北米の権益に対する極めて近視眼的かつ不吉な屈服と見える。序に言うと、露に関する限り、日本は独より遥かに確実な要素だ。独では佛に対抗して結ばれた古い同盟の記憶、例えばフリートリヒIIの幾つかの戦争の記憶がまだ残っている。多くの国にとって、歴史的類推で物事を考えるのは易しいが、全ての状況が変ったことを認識するのは難しい。国内的な心酔や情熱を全て外交に投影したがるのは民主国の特徴だが、これは恐るべき害悪を惹起しやすい」
ジョージ F.ケナン『アメリカ外交50年』 (岩波書店、1991.1.14, 76〜77頁) :「我々は十年一日の如く アジア大陸に於ける他の列強、なかんづく日本の立場に向って嫌がらせをした。それは我々の原則が立派なものならば、これを実行した結果が幸福であり歓迎すべきものでない筈はないという不動の信念に基づいていたのである。そして、日本の膨脹する人口、中国政府の脆弱性或いは他の列強の野心に対する実効的対抗策というような本質的問題を、我々は完全に無視した」
米国の日本占領:初期占領政策=日本弱体化 (軽工業国へ貶める) →朝鮮戦争で米軍の補給基地へ
占領軍は講和条約までの間、旧敵国を管理するだけ。当該国の法律を変えてはならないのに憲法を含む各種法律を「軍国主義解体」「民主化」の名の下に徹底的に変えた。→ドイツ では変えていない
→日本は 1952.4.28 の 独立 (サンフランシスコ講和条約発効) 後も、占領下の法律・政策を変えずにきた
新憲法前文=米ソの冷戦で無効化した:「平和を愛する諸国民 (=戦勝国) の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」
このほか、民法の均分相続は家制度を破壊したし、占領軍の検閲制度 (例:大東亜戦争の呼称を禁じて太平洋戦争と言わせた) を メディア は まだ後生大事に守っている。
だが、日本がこの桎梏を脱するのは至難の業である。
兵頭二十八 (『「新しい戦争」を日本はどう生き抜くか』 ちくま新書、2001.11.20,164-165頁) :「曾て米国が日本に強制し連合国を納得させた新憲法と 安保と サンフランシスコ講和条約と 東京裁判と ポツダム宣言はそれ全部で「1セット」なのだ。……もし米国政府や一部の日本人が日米安保の内容を ガラリ と 変質させようと思うのなら、その前に日本国憲法を改めるのは勿論のことだが (ここまでは 米国人も簡単に確認する) 、それと同時に、サンフランシスコ講和条約締結の際に日本が呑まされた「東京裁判」の精神を全部否定する必要があるのだ。東京裁判の全撤回なくして、日本国憲法の内容が変えられる訳がなく、従って、日米安保も変えられる理屈はない。……東京裁判の否定とは、II大戦での米国の歴史的役割を「特に善玉じゃなかった」と修正することに他ならない。それは彼らの ナショナル・アイデンティティ の 否定になる」
II. 台湾:占領と民主化への苦闘
ジョージ F.カー 『裏切られた台湾』 (同時代社、2006.6.26)
陳榮成訳『被出賣的台灣』 (前衛出版社、1991.3./2007.10., 第27刷)
拙稿『台湾の政治改革年表・覚書』シリーズ (帝塚山大学/交流協会)
陳儀の占領軍=蒋介石が子分に戦利品として与えた。彼らは台湾人を「二等公民」扱いにした。
講和条約までの管理軍としてでなく、領土に編入したかの如く扱い、略奪し尽くす
1949年〜 蒋介石が軍隊を連れて逃込む。反攻基地。蒋經國が拠点として建設を始める
蒋家時代:「一中を争う二中」→「一中一台」へ/「一中」の虚構、しつこく残る
李登輝:「外省人による外省人のための政治」→「台湾住民による台湾住民のための政治」
内戦終結宣言/野党承認 (多党化) /万年国会の民選化 (本省人の中央政治参加) /総統直選/台湾省凍結 (中央政府と省政府の二重統治撤廃) /「特殊な国と国の関係」論提唱 (国際承認へ)
陳水扁政権:少数与党で弱体。野党が多数を頼んで横暴なひっかき回し→政治、もたつく
台湾政治の影の主役=米中。結託して台湾を抑圧中
2000. 5.20〜 唐 飛内閣=外省・軍・KMT 起用の「全民内閣」 →第四原発中止のため更迭
2000.10. 4〜 張俊雄内閣=民主進歩党独自路線の「グリーン内閣」 →違憲判決の回避に奔命
2002. 2. 1〜 游錫内閣=立法院選第一党化後の「戦闘内閣」 →やはり少数与党の悲哀
2005. 2. 1〜 謝長廷内閣=立法院選敗退後の「協商和解内閣」 →米中野党に迎合して自滅
2006. 2. 1〜 蘇貞昌内閣=三合一選大敗で背水の「危機内閣」 →秘蔵の総統候補を投入
2007. 5.21〜 張俊雄内閣=蘇貞昌辞任の穴埋めの「過渡内閣」 →陳総統の残り任期支援
米国が陳水扁を嫌う理由=突然、勝手なことを言出し、米中を惑わす!
第十回:2008.1.11(金) 4限:15:30〜16:20/16:30〜17:20
21世紀の日台
北京五輪後の中国の危うさ──金融危機? /台湾と事を構える?
I. 中国の勃興を利用する米国の覇権
ユーラシア 大陸の二つの暗黒勢力:中露
頼れるか? デモクラシー原理主義の アメリカ
米国内 の 2傾向:一国主義 vs.多国主義
米国の軍事力はなお抜群の強さを誇る
米国と敵対しては生きて行けない
イスラエル ・イラン ・北朝鮮の実例
II. 美と慈悲の文明を求めて
結論:強くないと優しくなれない!
問題:強くても優しくない人が尠からず居る事実
強さ=人に侮らせぬだけの力量
現代世界の二大威力=石油と核
日台ともこの二つを持たない。→如何に生き延びるか?
食糧自給率=日本は 39% 殆ど キリギリス の状態
技術力:これは「人の頭」。独創的能力を育てる教育をしているか?
東アジア 〜 ASEAN 〜 インド まで、海洋諸国連合をつくる?
通常、弱者連合は力を持たないのだが……
では、「強いアメリカに頼る?」
アメリカは 今、中国を相手にしている。日本も台湾も霞んでいる?