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インテリジェンス対話二冊
インテリジェンスの実践体験のある人による対話を二冊続けて読みました。
手嶋龍一×佐藤優『インテリジェンス 武器なき戦争』
(幻冬舎新書、2006.11.30 第一刷/12.30 第六刷) 740円+税
東京は、インテリジェンス、つまりスパイの専門家が集う街だそうです。
「北朝鮮に関して、控えめに見積もって東京で熱心に情報収集活動をすれば、インテリジェンス専門家が必要とする情報の 80%を入手できる」(4頁/佐藤)
「世界第二の経済大国は、潜在的に世界第二のインテリジェンス大国たり得る」 (46頁/手嶋)
「非軍事大国にして経済大国はインテリジェンス大国たり得る」 (88頁/手嶋)
但しこれは飽くまで「ポテンシャル (潜在的)なもの」、自覚的に磨き上げない限り顕在化しません。
「今、東京には二十数ヶ国の情報機関がステーションを置いている」 (88頁/佐藤)
「東京には良質なインテリジェンスが世界から集り、堆積している。それを当の日本政府が掬い取れないでいる。それは、活用装置を欠いているからだ」(88-89頁/佐藤)
日本人はどういう訳か、スパイという言葉に「卑劣」を感ずるようですが、英国人はこれに最高の知性を認め、高く評価します。知性を磨き上げた人しか勤まらぬ職業だからです。そしてスパイは「二番目に古い専門職」the second oldest professionと言われます。最古はもちろん、売春婦です。
手嶋さんは、ご存じ NHK ワシントン 特派員から フリー になった ジャーナリストです。彼が東京に居た時、たまたま英国情報機関の手助けをしたので、ワシントン 赴任後、英国に助けられ、国際的情報通になることは、書中で語られています。『ウルトラ・ダラー』というスパイ小説もあります (私は未読)。
本書は、二人のスパイ経験者の丁々発止のやりとりで、頗る興味深い。互いに相手の遣り口を推定し、「そこまで。それ以上いわれたら溜まらん」と相手に言わせる位、相手の秘密に迫っています。
佐藤優による、ゾルゲはソ連のスパイというより、ドイツのスパイだったという分析は面白い。資金の出所も情報の出所もドイツだったからというのです。ゾルゲは日獨離反を齎し、英国の国益に貢献した。ドイツは資金・情報を与えて裏切られ、踏んだり蹴ったりの目に遭った (36-37頁)。また、ゾルゲを通じて、日獨が互いに疑心暗鬼だった実情が垣間見えると。
佐藤優が、「自分が捕まったときの体験」からして、ゾルゲの手記が「まったく別物に見える」といい、愛人石井花子を守ったため、石井花子は獄中死も暗殺も免れたとある辺り、「読書の読み取り能力」の大事さが反省されます。深刻な体験のない人、つまりお人好しは、「見れども見えず、聞けども聞こえず」なのです。
インテリジェンスは、情報そのものより、その分析が大事だよという指摘 (例えば18頁) を想起させますね。
「インテリジェンス・オフィサーの資質が国の存亡を左右する」 (42頁)
日本は今、崩壊中、なぜなら、人が信用できなくなり、人間関係が親子関係まで崩れて家庭も近隣社会もばらばらに解体している、というのが私の現実認識であり、危機感なのです。
しかし、立派な指導者が出さえすれば再建可能です。そのためには、武士道精神を持つ高潔な指導者が必要であることを、多くの人が認める必要があります。でないと、立派な人など居ても顔を出しません。偉人の足を引っ張り、凡人がのさばっているようでは亡びるほかない。
閑話休題。面白い指摘が一杯あります。「イギリスは、嫉妬を乗り越えるだけの成熟度を組織として持っている」 (53頁) 「成熟したインテリジェンス文化を持つ英国」 (60頁/共に手嶋)
「自国民の中にも敵がいる」というリアルな認識 (55頁/佐藤)
「ロシヤのインテリジェンスは英国の亜流」 (同上)
「米国は……英国より民主主義のハードルが高いので、あまり汚いことはできない」 (57頁/佐藤)
「報道規制が原則存在しない米国とちょっぴり存在する英国。この差は天地の開きがある」(57-58頁/手嶋)
「ネオコンはNY市立大学出身のトロツキストグループ。世界自由民主革命の思想を持つ」 (66頁/佐藤) 「ロシヤもイスラエルもネオコンをトロツキズムと認識しているが、評価が違う。イスラエル は米国が中東に居坐ることを大歓迎、ロシヤは自国の勢力圏であるユーラシアを、米国流自由と民主主義による世界革命から断固守るつもり」(76-77頁/佐藤)
日本政府が結構、スクープ性の高いインテリジェンスのヒットを放っている、というのは、注目に値します。
第一、アンドロポフの死去を世界で最初に掴んだ (東郷和彦の電報/92頁以下)
(このスクープのおかげで東郷和彦は同僚の嫉妬を買い、以後外務省内でほされる)
第二、湾岸戦争の開戦前夜、多数のイラク機が編隊でイランに飛来したと打電 (斉藤邦彦イラク大使の電報/106頁以下。手嶋龍一『外交敗戦』新潮文庫参照)
米国、イランからイラク機が飛来するかと肝を冷やす。斉藤大使、イランの意図を「局外中立を守る」と見抜く。父ブッシュ政権の統帥部に居たブレント・スコークロフト国家安全保障担当大統領補佐官曰く、「第一次湾岸戦争を通じて、テヘランの斉藤邦彦大使は我らが拠り所だった」
第三、アフガニスタンの北部連合指導者、マスードが自爆テロで殺されたことを逸早く知る (高橋博史→鈴木宗男→佐藤優/113頁以下)
佐藤優がマスード爆殺情報をインテリジェンス業界のコミュニティに流し、返礼の情報をつき合わせて「9.11テロ」が「アルカイダの犯行」という結論になる。
逆に、日本のインテリジェンス能力の脆弱性を暴露した例=1983年9月1日の大韓航空機撃墜事件 (115頁以下)
→稚内で陸自の電波傍受機関がソ連軍機の生々しい交信を傍受したのですが、この施設が米軍のものを引継いだので、米軍將校も同居していて、米国に筒抜け。これは主権国家にあるまじきこと。レーガン政権は「この決定的証拠を国連に持ち出し、ソ連を追い詰める」と通告。後藤田官房長官が「日本の情報を米国が勝手に利用する」ことに激怒し、「国家の財産を横流しされ、米国が勝手に使うこと」に対抗して、公表する意志のなかった交信記録を米国より30分前に公表した。
公表すべきでないものを公表したため、ソ連は以後、周波数を変え、パイロットに「生の言葉」でなく暗号 (例:「攻撃する」は「624番」など)を使うようになって、日本の傍受能力はがた落ちになった。
まだまだありますが、これ位にしておきましょう。あとは直接お読みください。
教訓:報道関係者も研究者も、一面で「スパイ」であることを自覚させてくれる。だが、その自覚も心的用意のある記者も学者も、残念ながら寥々たるものである。
二冊目は、次の本です。
佐藤優×高永 (吉吉)『国家情報戦略』
(講談社α新書、2007.7.20) 800円+税
佐藤さん同様、男の嫉妬によって無実の罪で政争に巻き込まれて政治犯として投獄された韓国の情報將校高英 (吉吉)との対談録です。
以下、興味深い点を摘記します。
インテリジェンスの仕事がやりたいという希望者はインテリジェンス不適任者である (57頁)
優れたスパイの要件=顕微鏡的分析力+望遠鏡的洞察力 (60頁)
プロのスパイは「三つの目」が必要:虫の目+鳥の目+魚の目 (潮の流れを察知する能力)
(伊原注:魚の目とは、「桐一葉 落ちて天下の秋を知る」能力である。今や研究者は無数に出る著書論文を読みきれないから、特にこの能力が求められる)
一人で仕事をする大事さ (65頁) →全体像が判る。分業すると、これが判らなくなる。
米国の情報機関五つ (88頁):
国家安全保障局 NSA
中央情報局 CIA
国防情報局 DIA
国家偵察局 NRO
国家地理空間情報局 NGA
現在 アメリカ は NSA が主導する「エシュロン」通信傍受システムを通じて全世界を盗聴監視中 (88頁以下)
第一次加盟国=米英
第二次加盟国=濠州・NZ・加
第三次加盟国=NATO・日韓土
段階を追って得られる情報のレベルが低くなる。
NSA の 持つ技術の一例:目標建物の窓ガラスにレーザー・ビームを照射して、室内の対話の内容を盗聴する機器を保有。対話で発生する窓ガラスの微細な振動を感知して解読する (92頁)。
NSA の 技術陣は、トランシーバーの写真を見ただけで製品仕様と使用周波数が判る。
NSA は 特定人物の声を保存しておき、該当者が通信を利用した瞬間、直ちに傍受し始める機能を持つ。従って、世界の主要人物の電話はすべて盗聴され、分析されている筈 (93頁)。
金大中事件で米韓の情報部が相互監視・牽制をした (94頁以下)。
米情報機関は、アングロサクソン 5ヶ国以外は、同盟関係にあっても「完全な友邦」とは考えていないから、監視と牽制を続けている (97頁)。
北朝鮮のインテリジェンス能力は、世界でも一線級にある (98頁)。
盧武鉉の大統領当選は北朝鮮の謀略の成果 (99頁)
日本人は情報DNA を備えている (陸軍中野学校を見よ) (110頁以下)
スパイに不可欠の能力=暗記力・記憶力 (111頁)
陸軍中野学校のモットー=「謀略は誠なり」「アジアを誠心で解放する」 (116頁)
「ひたすら日本のため」だが、同時にそれが「相手国の人のためにもなる」連立方程式
信頼できるスパイ=国家と民族への忠誠 (136頁)
アメリカが一番恐れているのは日本の核武装 (190頁)
日本の核武装の問題点二つ:エネルギー政策からして無理 (NPT脱退→原発用ウランが買えなくなる)/核実験ができない (191頁)
世界中で核ドミノ現象が起きると、日本も核武装する (192頁)
高さんのあとがきが面白い。
韓国から見て、日本は「武士の国」に見える。小さい島国だのに、豊臣秀吉の朝鮮出兵を初め、日清戦争や日露戦争で大国を破った。アメリカとも戦争した。敗戦後も、忽ち経済大国になった。ところが2000年に来日して驚いた。頭の中の日本と現実の日本が全く別物だった。対米戦争に敗れたショックがこれほどにも大きかったとは……!
確かに、ナポレオンもヒトラーも勝てなかった ロシヤに勝ったのは日本だけだし、20世紀のアメリカに敢然と戦いを挑んだのも日本だけですね。しかし私 (伊原) には、占領で背骨を折られて再起不能と見えますが……
平成19年9月23日