毛澤東獨裁とスターリン獨裁 - 伊原教授の読書室

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        毛澤東獨裁とスターリン獨裁



伊原註:これは『關西師友』平成27/2015.7月號(6-9頁) に掲載した

     「世界の話題」304號です。

     最近、「讀書室」への掲載が滯つてゐますが、次々載せますので、

     御期待あれ!





 このところ、習近平政權の資料蒐集に追はれてゐて、

 原稿執筆が後回しになつてゐました。


 「世界の話題」に採り上げたい題目は一杯あるのに、

 書くためには“構想”が熟さねばなりません。

 情報集めに手一杯だと、構想が熟する暇が後回しになるのです。


 今回は急遽、權力を集中しつつある習近平の強權支配、つまりは

 “獨裁”の性質に問題を絞ることにしました。


 習近平が目指す“強人”のタイプは

 毛澤東型なのか、それともスターリン型なのか、といふ問題です。



            毛澤東追隨かスターリン追隨か


 私は、習近平登場時、毛澤東回歸の言動に注目しました。


 第一に、トップ就任、つまり 2012年11月の中共18回黨大會

 (正確にはそのあとの 18期一中總會)に於ける總書記就任と、

 2013年 3月の全人大での國家主席 就任の直後に

 「人民に奉仕する」など、毛澤東張りの言動が目立つた こと。


 第二に、ケ小平が決めた江澤民政權の上海派も胡錦濤の共青團派も

   「外樣」の權力奪取──と見て、

 建國世代の二代目「紅二代」の政權構築を目指したことから

 「建國の父祖毛澤東への復歸」を目指してゐるやうに見えました。


 所が、習近平が叩き潰した敵對勢力薄煕來派が見る習近平は、

 毛澤東型ではなく、スターリン型獨裁を目指してゐる、といふのです。


 崔虎敏(宇田川敬介譯)『習近平の肖像:スターリン的獨裁者の精神分析』

 (飛鳥新社、2015年) 77頁以下に曰く、


 習近平は 9歳の時、尊敬する父習仲が、毛澤東の怒りを買つて失脚して以來の

 毛澤東の迫害に傷つき、「人間不信」「權力依存症」といふ二つの心の病に罹つた。

 だから總書記・國家主席に就任後、權力を掌握・維持するため、

 自分の支援者や自分の仲間、

 更には師匠筋に當る人々を次々失脚させる手法で權力を固めた。


 これは、自分の先輩を全員肅清した“スターリン型獨裁”であり、

 中國人が本心では許さぬ手法だと。

 だからこの手法に氣附いた者は早々と習近平の許を離れ、忠告役が居なくなつた。

 習近平は、毛澤東以來の「頼れる相談役が不在」の孤獨な獨裁者になり果てた、と。


 敵對派が見る二番目の特徴は、習近平の手法が毛澤東のやうに「氣紛れ」ではなく、

 黨組織「紀律檢査委」をKGBの如く使ひこなし、

 黨規約といふ組織規則を驅使してゐる點でも組織利用の スターリン型だとします。


 スターリン獨裁の特徴附けについては、もつと厳密な檢證が必要ですが、

 毛澤東が「氣紛れ」型獨裁だつた、といふ指摘は首肯できます。


 三番目に、内政に終始した毛澤東と違ひ、勢力圏擴張を目指す點で、

 衛星國を作つた スターリン型だとします。


 そして結論に曰く、

 スターリン型獨裁を目指すなら、

 江澤民・李鵬・朱鎔基・胡錦濤・温家寶らの諸先輩を肅清し盡さないと、

 お前の政權は安泰でないぞ、と脅します。


 「習近平が肅清を徹底したスターリンになり切れなければ、

 「習近平の末路はみじめなものと化す」



            やはり毛澤東型獨裁を目指す?


 滿洲で生れ育ち、戰後の國共内戰に捲込まれた經驗を持つ遠藤譽は、

 中國への思入れの強い中國研究者です。

 それが中國の腐敗墮落に腹を立て、

 反腐敗運動に邁進する習近平の“覺悟”に共感して書いたのが

 『チャイナ・セブン〈紅い皇帝〉習近平』(朝日新聞出版、2014年)です。


 それによると、

 習近平政權の基本路線の根幹は「毛澤東回歸」です(52頁、240頁以下)。


 曰く、「習近平は、毛澤東の全てを模倣した」

 大衆路線、腐敗摘發による利權閥打倒、紅二代への權力集中……

 最終目的は、中共一黨獨裁下での「共富」實現。


 ケ小平の「先富」論は「共富」論とワンセットだつたのに、


 江澤民は「先富」だけを肥大化したため、特權階級が權力も富も獨占して腐敗墮落し

 人民は貧困な儘放置された。


 胡錦濤は「共富」「和諧社會」を目指しはしたが、

 腐敗塗れの江澤民「院政」に抑へ込まれてもたついた儘。

 その「共富」を今、習近平政權が實現しようとして、

 先づは既得權益層打倒のため「反腐敗運動」を發動してゐる所だ、

 ──といふのです。


 習近平は一身を賭して神聖なる任務に邁進してゐるのだから、

 それを習近平個人の權力基盤固めと見る「權力鬪爭」次元で見てはいけない、とも(259頁)。


 かうも言ひます(260頁)。

 習政權ほど基盤の強い政權は、中華人民共和國にこれまで無かつた。

 彼は毛澤東以來の最強の指導者である。

 だが毛澤東は反右派鬪爭・大躍進・文革で何千萬もの自国民を殺して來た。

 ケ小平は改革開放で人氣があつたが、天安門事件の虐殺で非難の的となつた。

 江澤民は中共黨を利權集團と化し、中國人民は誰一人好まない。

 胡錦濤は黨内民主に努力したものの、

 チベット彈壓やウイグル彈壓でやはり罵倒され、

 親日的といふ點でも賣國奴稱ばはりされた。

 處が習近平は「習大大」(習おぢさん)と親しまれ、人氣を得てゐる、云々。


 ほんまかいな?


 遠藤譽さんは、中國の暗黒面にも目配りが行き届いた立派な中國研究者ですが、

 習近平論には、稍 買被りが目立ちます。


 幸ひ遠藤さんが、

 昨年 7月14日に米國の調査機關「ピュー・リサーチ・センター」が

 44箇國の國民 4萬8000人を對象に行つた調査を引用してゐるので、紹介しておきます。

 「習近平が世界情勢の中で正しい行動を取つてゐると思ふか」と問ひ、

 思ふ・思はぬ・不明の % の數字を出したものです。


 中國が 92%・5%、

 日本が 6%・87% と 對照的なのは、

 中國の日本敵視政策からして當然でせうが、

 それ以外の國も

 習近平にかなり嚴しい數字を出してゐます。


 米國 28%・58%

 佛國 37%・61%

 英國 34%・44%

 獨逸 25%・62%

 露國 44%・34%

 韓國 57%・37%

 印度 13%・25%・62%


 遠藤さんは コメントして曰く、中國に友好的な政府の下の國民も、

 政府ほど習政權を肯定してはゐないやうですね、と。



      習近平の模範は父 習仲


 扨(さ)て、

 習近平の強權支配モデルは、毛澤東か、スターリンか、と 設問しましたが、

 私の答は

   「そのどちらでもない」

 です。


 毛澤東やスターリンの遣り方を參考にはしてゐませうが、

 彼が理想とするのは、父、習仲です。


 決め手を一つだけ示してをきます。


 2013年10月、習近平は「習仲生誕百周年式典」を大々的に實施しました。

 そして「改革の設計士 ケ小平」と並べて、

 父 を 「改革の工程士」と位置附けました。


 工程士とは技術者のことです。


伊原註:中澤克二『習近平の權力鬪爭』 (日本經濟新聞出版社、平成27/2015年) 3頁によると、

    自分のことを「中興の祖」「改革の新設計士」と宣傳してゐる由です。

    流石 (さすが) に建國の父 毛澤東と並ぶのは遠慮して、

    ケ小平と肩を並べようとしてゐるのですね。


 習仲は、保守派(左派)が胡耀邦を陷れた席でただ一人、

 胡耀邦を擁護し抜きました。また、

 ケ小平に經濟特區の設置を説き込み、實現させてゐます。

 ケ小平が「改革開放の父」なら、習仲は「改革開放の母」なのです。


 習近平が尊敬する父習仲を言掛りを附けて失脚させたのが毛澤東です。

 だから習近平は、毛澤東の手法を時に學ぶにしても、

 “心から”尊敬して何もかも毛澤東を眞似る譯がありません。


 習近平の獨裁が毛澤東に似てゐるとしたら、

 それはシナ傳統の專制支配を踏襲してゐるのであつて、

 毛澤東を模範にしてゐるのではありますまい。


 でも、習近平が「人民のため」どう頑張らうと、

 中共政權の根本的缺陷である「獨裁」は止められない。

 獨裁者は人民が信用できず、

 「人民による」政治は、人民の離反が怖くてやれないのです。

(平成27.6.9/平成28.2.11掲載用原稿作成)