日本を取捲く獨善國三つ - 伊原教授の読書室

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    世界の話題(二九〇)




    日本を取捲く獨善國三つ



伊原註:『関西師友』平成26年四月號 8-11頁掲載の「世界の話題」(290) です。

        少し増補しました。



        入院中に讀んだ米國の獨善著


  盲腸の手術以來の入院でした。

  脊椎の壓迫骨折。初め腰椎、次いで胸椎。

  老化もありますが、長年重い本を運んだつけが發症に繋がつた模樣です。

  何しろ私の右腕は、左腕より1センチ5ミリ長いのですから。

  この入院のため、世界の話題を一回休載する羽目になりました。お詫申上げます。


  その入院中に、

    ジェフリー・レコード著 (渡邊惣樹譯・解説)

        『アメリカはいかにして日本を追ひ詰めたか──

        「米國陸軍戰略研究所レポート」から讀解く日米開戰』

        (草思社、平成25年/2013.11.27)

  といふ本を讀み、感ずる處があつて本文を認(したため)る次第です。


  本書は、米國陸軍大學の附屬機關である米國陸軍戰略研究所が、

  陸軍や國防總省幹部の識見養成に役立てるための調査分析資料の一つです。


  論點は實に明快、

    「日本は何故昭和16年/1941年に對米戰爭の決斷を下したのか」

  を解明したものです。


  本書に序文を書いた所長 ダグラス C.ラブレース Jr. 曰く、


  日本が下した對米攻撃の決斷は合理性を欠き、自殺行爲としか思へない。

  米國の工業生産力は日本の10倍ある。

      (伊原註:昭和15年度の企劃院による戰略重要物資生産高比率は、

      (單純算術平均値で1對 74.1。

      (更に言へば、石油・鐵鋼などの重要軍需物資を對米輸入に仰いでゐた)

  從つて日本の敗戰は誰の目にも明かだつた。

  ではなぜ彼等(日本)は戰爭に踏切つたのか?


  この設問からお判りのやうに、合理主義・實證主義に立つ米國人にとり、

  日本の對米開戰の決斷は不可解至極だつたのです。


  それを米國空軍大佐で空軍大學教官、上院軍事委員會專門委員である著者(博士號を持つ)は

  かう解明します。


  彼等日本人とて馬鹿ではない。

  山本五十六を初めとして、日本が米國に勝てぬことを充分承知してゐた。

  だが米國のフランクリン・デラノ・ローズヴェルト(FDR)民主黨政權が日本を追詰めた。

  米國の對日經濟壓迫と中國からの日本軍撤退要求は、日本に對米屈從を押附けるものだつた。

  日本は國家の威信と經濟自立を求めて勝算無き儘(まま)、對米開戰に踏切つたのだ。

  從つて日本の對米開戰に、日米兩國は五分五分の責任ありと。


  無謀に見える日本の對米開戰に米國は半分の責任がある、と認めたのです。

  しかし、米國人に不本意なこの結論に、著者は急いで辯解を附足します。


  ──勿論本稿は、

  1930年代から40年代にかけての東アジアに於る日本の不法行爲を看過するものではない。

  また戰後の日本政府が不法行爲を認めようとせず謝罪しないことを

  見逃してゐる譯でもない、云々と。



        自分の獨善に氣附かぬ米國人


  この“辯解" 部分を讀んで、この報告の意圖がはつきりしました。

  彼等米國人は、弱い日本が強い米國に挑戰したことが不思議で仕方無かつた。

  その不審の念を解く「納得できる解答」を究明したのが本報告であり、

  その究明は「日本人の開戰決斷」だけにとどまつて

  そこへ行くまでに自分らがどれほど理不盡に日本を追詰めたかは全然自覺してゐない。

  「惡いのは皆他人」なのです。


  私は米國人の獨斷と獨善を改めて思ひ知らされてうんざりしました。


  彼等は白人中心史觀でしか歴史を見てゐない。

  新大陸開拓史のそもそもの初め、

  彼等が誇る祖先の清教徒は、

  自分達を餓死から救つてくれた親切な新大陸の原住民に感謝しません。

  「神は我等に試練を與へ給ひ、危機に際して御使(みつか)ひを差向けお救ひ下された」。


  神に感謝するだけで、原住民は視野にない。

  同じ人間と認めてゐないからです。


  豐かな大森林を「開拓」と稱して禿げ地にし、

  アフリカ黒人を酷使して暴利を得、

  豐饒な北米の土地を使ひ捨てにしては奴隷州を殖やして南北戰爭の慘劇を招き、

  それでゐて自分達が惡事をしてゐるとは毛頭思つてゐないのです。


  自分らは牛肉でも七面鳥でも好きな肉を食べて當然だが、

  日本人が捕鯨やイルカ漁をするのは許せない。


  米國人の中にも、

      「我々は十年一日の如くアジア大陸に於ける他の列強、

      「就中(なかんづく)日本の立場に向つて嫌がらせをした」

  といふ ヂョーヂ・F・ケナン

      (近藤晋一・飯田藤次・有賀  貞譯『アメリカ外交50年』

      (岩波同時代ライブラリー、平成3年/1991.1.14 、76頁)

  のやうな「判つた」人も居ない譯ではありませんけれども。


  このレポート冒頭にある問題提起

  「日本はなぜ對米戰爭を始める決斷を下したのか」

  は、間違つた設問です。


  「アメリカはなぜあんなにしつこく日本と戰爭をしたがつたのか」

  をこそ問ふべきです。

      (『正論』平成24年/2012年12月號〜平成25年/2013年 2月號に三回連載した

      (西尾幹二・福井義高の對談參照)

  何故なら、本書の譯者、渡邊惣樹が書いてゐるやうに、

  米國はセオドア・ルーズヴェルト(TR)以來、日本を假想敵國視してきたからです。

      (渡邊惣樹『日米衝突の根源1858……1908』草思社、平成23年/2011.10.25)

      (  〃  『日米衝突の萌芽1898……1918』草思社、平成25年/2013.6.28)


  第一次世界大戰後のワシントン會議以來、

  米國はあからさまな親中反日政策をとつて日本を追詰め、

  日本がシナ大陸に出ざるを得なくして置いて、

      「30年代から40年代にかけて日本が惡事を働いた」

  とは、よくも云つて下さいますねえ……。


  世界大不況の直後、

  早々とスムート=ホーリー高關税法で日本を含む外國を締出して

  「持てる國」と「持たざる國」の對立を招いたのは

  米國ぢやあなかつたですか。


  モンロー主義で中南米を「米國の勢力圏」にして好き勝手に振舞ひながら、

  日本の中國大陸に於ける勢力圏は斷じて認めず(スティムソンの不承認主義)、

  撤兵を求めた米國に「正義」がありますか。



        揉めてゐるのは日本か中韓か?


  ここで話は最近の出來事に飛びます。

  安倍晉三首相の靖國神社參拝に「失望」を表明した米國に日本人が「失望」した話です。


  昨年12月26日、安倍政權發足滿一年となる節目の日に、

  安倍首相は靖國神社に參拝しました。


  中國と韓國が即日例の如く反撥、

  所が駐日米國大使館も聲明を出し、

  「日本が近隣諸國と緊張を高める行動を取つたことに失望する」と、

  disappointed を表明しました。


  これに噛着いたのが

  ヴァンダービルト大學日米研究センター所長

  ジェームス・アワー教授です(『産經』今年 1.14 掲載の「正論」)。


  曰く、米國は中韓にこそ「失望」すべし。

  緊張を惡化させてゐるのは中韓だ。

  日本は戰後ずつと平和愛好國であり續けてゐるではないかと。

  これぞ正に「正論」です。


  1月20日發賣の『WEDGE』のインタヴュー記事で、

  台灣の李登輝元總統も

      「國のため命を捧げた英靈に國の指導者がお詣りするのは當然」

  と評價しました。


  1月23日、米紙 Wall Street Journal(電子版) は、

  米政府が日本政府に、

  安倍晉三首相が靖國神社參拝を二度とせぬといふ確約を求めてゐる、

  と報じました。


  たまりかねて、衛藤晟一首相補佐官が2月16日、

  「ユーチューブ」に投稿して曰く、


  私は昨年11月訪米し、國務省側に

      「安倍首相は必ず參拝する、理解されたい」

  と傳へた。

  その際は賛意を表明して慾しいが、せめて反對しないで貰ひたい、と。


  米側は「慎重に」と返事した。


  それなのに(これだけ根回しして置いたのに)、

  首相の參拝に米國は「失望した」と表明したので、

  寧ろ我々が失望した。


  米國は同盟國の日本をなぜ大事にしないのか。

  米國は中國にちやんと物が言へぬ國になりつつあるのではないか、云々


  この衛藤晟一發言は、

  オバマ大統領の訪日に配慮する菅義偉官房長官の注意で撤回に到りましたが、

  産經新聞讀者室へは支持發言が殺到しました。


  「衛藤さん、よく言つた。友達も皆貴方を支持してゐるよ」

  「なぜ注意されねばならぬのか。今の米國は日本人の心情が全然判つてゐない」

  「多くの日本人はケネディ駐日大使のイルカ漁批判も含め、米國に失望してゐる」

  「衛藤發言は眞當なもの。この程度でおろおろする政府の方が餘程問題だ」

  「撤回も削除も無用。米國にも日本の主張を堂々と行ひ、對等の附合ひをしよう」等々。


  米國は、揉め事を起こしてゐる側と、受けてゐる側を識別してゐないのか、

  それとも中國が儲かる限り、後生大事にする方針なのか?

  米國は金に目が眩(くら)んだ強欲の國になり下がつたのでせうか?


  川柳に曰く、「靖國に三國干渉  中韓米」  山越益次郎

      (せいろん川柳『正論』平成26年四月號、三五九頁)


  我國は、こんな諸國とも“仲良く" 附合つて行かねばならぬのです。

(平成26/2014.3.5/4.19加筆)


伊原追記:歐米白人の獨善──

          3月31日、オランダ ハーグ の 國際司法裁判所で、南極海に於ける調査捕鯨につき、

          日本が敗訴しました。南極海で以後、鯨をとつてはならぬといふのです。

          判事16人中、「反捕鯨國出身」は10人、「捕鯨支持國出身」は 4人。「其他」2人。

          「反捕鯨國」とは 米・英・佛・伊・濠・NZ・スロヴァキア・メヒコ・ブラジル・インド

          「捕鯨支持國」とは、日本・中國・ロシヤ・モロッコ

          「其他」は ウガンダ・ソマリア

          「白人」は、自分らの價値觀を他國に押附けて當然と思つてゐるやうです。

          我國が 1919年、ヴェルサイユ會議で提起して米國 ウィルソン大統領から拒否された

          「人種平等論」を白人に認めさせる鬪ひは、

          まだ終つてゐませんね。

         

          といふことは、有色人種が白人の世界支配に異を唱へた

          「大東亞戰爭」はまだ續いてゐる──のです。