日本は米露中の良き友となれ

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    日本は米露中の良き友となれ




伊原註:これは『關西師友』平成25年2月號 8-9頁に載せた「世界の話題」278號です。


        少し手を入れてあります。

        この一文は、一見「奇麗事」を述べてゐるやうに見えますが、

        私は“奇麗事" を述べたつもりはありません。


        強(したた)かになれ、と説いたつもりです。

        他國がどんな道を歩まうと他國の勝手です。

        問題は、それが日本に マイナス要因となつて降りかかり、禍を成す場合です。

        そんな場合には、日本なりの對應が必要となる。

        さういふ時に適切に對應できる能力を養へ、

        その對應が、その國から後で感謝されるやうな形になるのが望ましい

        といふだけです。





        世は狼が横行する戰國時代



  三年前の漁船衝突事件から昨年以來今尚續く尖閣騷ぎで

  日本人はやつと「シナとシナ人の異常さ」に氣附いたやうです。


  近所迷惑な隣人とは附合ふな、日本企業は中國から撤退せよ、といふ聲が聞えます。


  でも歐米は飽くまで中國とは附合ふつもりで、日本企業撤退後に權益を擴げようと、

  日中のこじれを喜び待受けてゐる節があります。

      伊原註:私が聞いた限りでは、ドイツとフランスが在シ日本企業の撤退後に、

              その工場を安く買い取り、シェアを伸ばさうと待ち構へてゐるやうです。


  いま日本が置かれてゐる状況は、

  幣原軟弱外交がシナの輕侮を買つて侮日・抗日・日貨不買を呼び、

  戰爭して敗戰に及んだ歴史を想起させます。


  米國に發した世界大不況で「持たざる國」日本は經濟的に孤立し、

  シナ大陸に活路を求めて滿洲事變を起こして國際聯盟から脱退する羽目となり、

  支那事變から大東亞戰爭までの八年間、日本は列強を相手に戰ひます。


  その結果敗戰を迎へたものの、世界史の流れを殖民地解放に變へました。

  私達の先輩は「身を殺して仁を成」したのです。


  問題はシナです。

  中華天下思想の下、お山の大將俺獨りの獨善獨斷が罷り通つて來た國です。


  ウェストファリア條約の下、

  近代國民國家の平等な國際關係と弱肉強食の帝國主義競爭を二刀流で使ひこなして來た西歐は、

  阿片戰爭から義和團事件にかけて、シナ大陸を貿易戰爭の餌場にします。


  毛澤東の中國は、シナ大陸から外國勢力を一掃し、核武裝に踏切つて強兵を目指しました。


  ケ小平の中國は、

  華僑資本や外資を導入して資金と技術を取入れる

      「人の褌利用の富國強兵」策

  を實施して富國を目指しました。


  その結果、世界第二のGDPを誇るやうになると、俄に自信を持ち、

  阿片戰爭以來の屈辱を晴らさうと考へ始めた模樣です。


  これは十九世紀型帝國主義そのもの、私は中共政權を「二周遲れの先頭走者」と評します。



        日本は萬國共存共榮の軍師たれ



  20世紀初めに 10億だつた世界人口は今や 70億、

  先進國型高生活水準がテレビを通じて世界中に流れ、

  子供をちやんと教育するには少子化に如かずと、

  發展途上國の人々も認識するやうになりました。


  産業革命後に國を擧げての生活向上競爭が始りました。

  でもこの西歐型文明社會は、資源浪費型富裕化です。

  70億もの人類がそこそこの生活を送るには、資源浪費・塵過多に傾き過ぎます。


  70億の平和共存を考へる時、

  我が日本がそのモデルを、一つばかりか二つ提供できます。


  第一に、江戸時代の「足るを知る」循環型文化生活。

          幕末に我國を訪れた西洋人が、庶民が樂しさうに暮らしてゐて皆よく笑ふ、

          國中清潔だ、子供が大事にされてゐると報告してをります。


  第二に、敗戰後60年代に實現した「一億總中産階級國家」

          庶民が家や自動車を持ち、飽食しました。

          乞食も特別な大金持ちも居なかつた。


  この二つを組合せれば、70億が平和共存できます。


  所で、日本の近隣には、

        建國以來相次ぐ戰爭で太つて來た米國、

        專制支配と世界革命を夢見たロシヤ、

        同じく力による支配しか考へぬ平等不在・獨斷獨善の中華思想のシナが存在し、

        日本を睨んでゐます。


  これら強國に伍すには、力で對抗しても無理、

  またもや袋叩きに遭ふだけです。

  軍師になれるやう、努力しませう。

  的確に將來を見通し、これら諸國に

        「それは駄目、何故なら……」

        「かうするのが宜しい、何故なら……」

  と忠告できる頼りになる友人の役目を果せる國になるのです。


  それには、先づ賢くなければなりません。

            次に相手に尊敬されねばなりません。

  「お主、やるな!」と思はせないと、

  せつかくの忠告が效果を發揮しませぬから。


  外交の鐵則の一つは、

      「お願ひする側に廻るな、

      「お願ひされる側に廻れ」

  ですから。


(平成25年/2013年1月5日/4月6日補筆)


  補筆:「忠告」は、求められてするものです。

        押しつけがましいと、反撥され嫌われるだけ。

        忠告を「求められるやうな國」へ自國を育てることが大事なのであります。

        では「忠告を求められるやうな國」になるにはどうすれば宜しいか?

        先づ、「賢い國」になること。

              「賢い國」とは、インテリヂェンスに強い國になることに盡きます。

        次に、「反撃力」を持つ國になること。


        賢くて強い國、そして弱國・小國に優しい國。

        自らは戰爭を仕掛けぬが、なめられたら只では措かぬ國。

        そして自國周邊を安泰にする國。

        そんな國になつて慾しい。


        そんな國にならないと、亡國の憂き目に遭ひさうな危機感を感じます。

        何しろ、日本の近隣諸國で親日なのは台灣だけですから。

        その台灣も、反日勢力が結構強いのです。

        日本が生き延びるには、インテリヂェンス・軍事・外交を自國で掌握せねばなりません。