アジアの歴史と現実を正しく把握し、日本との関わりを考えようとする意欲のある市民の集い。

> コラム > 伊原吉之助教授の読書室


これは『関西師友』平成19年7月号に掲載した「世界の話題」(212) をここへ転載するものです。若干増補してあります。 (伊原)



           謝長廷への誤解



     中国国民党公認は馬英九

 今後一年余、指導者交代の選挙が続きます。今年末の韓国大統領、来年3月に台湾総統、5月にロシヤ大統領、11月に米国大統領。

このうち、台湾総統選は天下分け目の闘い、中国国民党が政権を奪回すれば中国の台湾併呑に道が開け、西太平洋のシナ領海化・尖閣諸島や沖縄の不安定化に直結します。民進党が政権を維持すれば、当面、この心配は消えますが、米国が「一中」政策を維持する限り、台湾の不安定化・中国の台湾併呑の不安は消えません。


 中国国民党の馬英九主席は台北市長時代の特別費横領疑惑で2月13日、検察が起訴した当日、主席を辞任し、「潔白を証明するため総統選に出る」と表明しました。

 心ならずも辞任したのは、第一に、「清廉」を売込みたい馬英九は党主席就任後、「起訴された党員は資格剥奪」という内規 (民進党の党規の真似) を作りました。作った本人がこの内規を無視する訳に行きませんでした。

 第二に、昨年馬英九は、陳総統の身辺疑惑が出た時、「疑われただけでも総統は辞任せよ」と迫っていたので、その自分が「疑惑」どころか「起訴」されたのでは引っ込みがつかない。


国民党は急遽、「一審で有罪判決が出れば」と内規を変えて、馬英九の総統候補公認の障碍を除きました。実は「三審で最終的に有罪が確定するまでは問題なし」と緩和したかったのを、王金平らの国民党本土派と党内の反馬派が阻止しました。

 5月2日、国民党中央常務委員会は、馬英九を総統公認候補に指名しました。王金平立法院長はこれで総統選に出損ねます。そこで馬英九から副総統候補に乞われたのを拒否して、有罪判決が出て馬英九の公認が取消になるのを待つことにしました。


     民進党公認は謝長廷

民進党は近代政党なので、すべて公開で進みます。総統候補を公認する党内予備選に、「四天王」四人が立候補しました。届け出順に、呂秀蓮副総統、游錫坤党主席、謝長廷前行政院長、蘇貞昌行政院長。

 民進党の総統候補公認は、党員選挙30%と世論調査70%の割合で決めます。先ず、政見発表会を台北・嘉義・高雄の三ヶ所でやりました。4月14日、4月21日、5月3日の三回です。新聞への意見広告を含む候補同士の激しい論戦の末、謝長廷が 6万2851票(得票率44.66%) を得て 2位蘇貞昌の 4万6997票(得票率33.40%) を下しました。因みに 3位游錫の得票率 は 15.78%, 4位呂秀蓮の得票率は 6.16% です。

 ここで三候補が下りたので、民進党は世論調査を取止め、5月7日、謝長廷を公認しました。


 論戦のあまりの激しさに陳総統はしこりが残るのを恐れ、宥和を力説しましたし、彭明敏ら、深緑の大老二人も「団結しないと終りだよ」と警告しましたが、民進党は近代政党なので、結果が出たあと揉めることはありません。国民党が前近代政党で、上部が候補を決め、反対意見があとあとまでくすぶり続けるのと対照的です。


     憲法一中・和解共生?

 問題は党外です。謝長廷の政見を疑問視し、他候補を支持する深緑人士が少なくないのです。

 公認が決まるまで、党外は静かに見守って結果が出るまで待つという暗黙の了解を破って、辜寛敏が三度、新聞に意見広告を出し、游錫坤支持・謝長廷反対を打出しました(『自由時報』4月19日/4月27日/5月4日)。深緑の台湾社幹部も、テレビや新聞で謝長廷反対・蘇貞昌支持の弁論を展開しました。緑支持派の『自由時報』も蘇貞昌支持でした。


 謝長廷への反対は、彼が「憲法の一中」を唱え、中共や台湾野党との「和解共生」を主張している対中・対野党に対する "軟弱さ" への反撥です。

でも、私が知る限り、これは誤解も誤解、大誤解です。


 まず、「憲法の一中」について。

 謝長廷は「現行の中華民国憲法は一中だから、この憲法は維持できない」「従ってこの憲法は変えるべきである」と言ったのであって、「一中」を守れとは言っていない。


「和解共生」はいかにも軟弱に見えますが、真意はこうです。

第一、対中軟弱の根源は米国や日本の「一中」政策にある。台湾は日米に刃向かえない。これが軟弱だというなら、私に文句をいう前に、米国政府と日本政府に文句を言うべきではないか。

第二、民進党は立法院で少数のままでは政策が実施できない。多数を制するには、新潮流のような狭い左翼リベラル路線ではなく、幅広い中間派との「和解共生」が不可欠である。

そして謝長廷がいう「中間派」とは、陳水扁総統や新潮流のように漠然たる不特定多数をいうのではなく、明確に国民党本土派 (旧李登輝派) に焦点を定めている模様です。


     謝長廷こそ最善の選択

 謝長廷は日本留学で日本語をよくし、英語も達者です。日本政界や米国政界に顔が広い。野党時代に、当時の中国国民党統一派の寵児、趙少康らと論戦をやったことから判るように、議論に強く、策略もそこそこ弄せる。李登輝前総統とも関係がよく、陳水扁がこじらせた関係の修復が期待できる。


──という訳で、謝長廷こそ、緑陣営が望める最善の選択なのです。

 しかし、謝長廷の深謀遠慮を理解しない知識人が多いようです。民進党熱烈支持者の曹長青は「和解共生」批判論を連発しましたし、米国に帰化した台湾人アンディ・チャンは、謝長廷の「憲法一中・和解共生・中間路線」を中共恐怖症と断定し、これを放棄して独立路線に切換えぬ限り、海外の台湾人票は半減するぞと脅します。

 知識人の無理解、恐るべし!

(07.6.12/6.30増補)