台灣總統選と子豚の貯金箱-伊原教授の読書室

> コラム > 伊原吉之助教授の読書室


伊原註: 『 關西師友 』 平成24年新年號 16-17頁掲載の 「 世界の話題 」 ( 265 ) の増補版です。



    台灣總統選と子豚の貯金箱




          台灣總統選の熾烈な鬪ひ


  來年は世界各國の指導者トップ交代の年です。

  1月 台灣、3月 ロシヤ、5月 フランス、秋に中國、11月 米國、12月 韓國


  先陣を切る台灣の總統選事情を視察して來ました。

    ( 視察に行つたのは11月上旬の10日間。

      ( しかし、12月17日に北朝鮮の金正日總書記が亡くなり、

      ( トップ交替の先陣を切りました )


  暫く前まで、

  中華民國建國百周年を祝つた中國國民黨主席馬英九現總統が

  再選されて 「 當然 」 といふ情勢でした。

  所がその後にはかに形勢混沌となり、

  野黨 民主進歩黨の蔡英文主席が當選するかも知れぬ事態に樣變り しました。


  與黨優勢の状況を變へた事情が 三つあります。


  第一、馬英九總統の 「 和平協議調印 」 發言。

      10月17日、 「 中台和平協議を10年以内に調印する 」 と言明

      馬英九としては、野黨が出來ぬ中台關係の安定策を持出し、

      總統選での絶對優位を確保するつもりのところ、

      さうは問屋が卸さない、といふ次第になりました。


  第二、親民黨 宋楚瑜主席の總統選出馬。

      宋楚瑜は前回立法院選では、民進黨政權を倒すため、馬英九を支援しました。

      親民黨立法委員を國民黨から出馬させたのです。

      「 身を殺して仁を成す 」

      所が 「 世代交代 」 を唱へて長老を敬遠する馬英九は、

      宋楚瑜にそつぽを向いた儘放置。

      堪り兼ねた宋楚瑜は 9.20, 記者會見して總統選出馬を表明しました。

      そして 11.1, 總統選出馬を宣言します。

      中共は連戰を通じて露骨に辭退を勸告したが、宋楚瑜應ぜず。

      宋楚瑜出馬の理由:

        ( 1 ) 馬英九への報復:當選妨害

        ( 2 ) 親民黨の復權:キャスティング・ヴォートを握る第三黨へ

      この第三黨形成の動きは、台灣民主主義の成熟に頗る貢獻する好ましい動きです。


  第三、民進黨が子豚貯金運動で活性化中。


  第一は有權者に 「 さては中國との統一工作の始りか 」 と疑はれて

  支持率が急落します。

  馬英九總統は慌てて辯明を繰返しますが、

  一旦落ちた支持率はなかなか恢復しません。


  第二は與黨分裂により、蔡英文に有利に作用します。

      但し、民進黨支持者からも宋楚瑜支持へ票が流れてゐることに注意。

      台灣人は、中國人意識・台灣人意識にこだはらぬ人が多いのです。

      私はこれを 「 商賣人氣質 」 と言ひますが、

          ( 自分に利益を齎す人なら誰でも歡迎! )

      本土意識の強い台灣人は 「 賣國奴根性 」 と罵ります。


  第三は、圖らずも野黨民進黨の競選活動を活性化しました。


  話は10月 9日晩に遡ります。

  台南市で選擧の盛上げ會を開いてゐた民進黨主席蔡英文が、

  家族に連れられた二歳の可愛い三つ子から、

  それぞれ滿杯の子豚貯金箱の獻金を受けました。


  これが報道されると、その可愛さにみんなにつこり。


  所が事態は急變。10月20日、民進黨のスポークスマン曰く、

  公務員を糺彈する機關である監察院から電話が掛り、警告を受けたと。

  法の規定により、選擧權のない者は政治獻金できない。

  違反者は 1ヶ月以内に返金しないと、

      獻金は國庫に納入、

      獻金者は倍額を、

      受納者は二十萬元〜百萬元の罰金を課せられる、と。


  民進黨曰く、やむなく三つ子に貯金箱を返したが、

  監察院は二重規準だ、

  民進黨は監察院に、國民黨の農業委員會主任委員陳武雄ら、

  多くの馬政權高官の行政中立違反案件を告發してきたが、

  監察院は全て退けた。

  所が今、幼兒の獻金違反を言ひ立てる。

  これでは監察院は國民黨の手先ではないかと。


          子豚貯金箱醵金運動が爆發


  この報道が流れると、緑支持者が憤激し、行動に出ました。

  子豚貯金箱があちこちで作られ、民進黨の競選本部に届きました。

      二千個、三千個、……十萬個、二十萬個。

  私が聽いた11月 9日には、25萬個を超えたとのことでした。


  日本資産を私物化して肥やして來た金滿國民黨と違ひ、

  民進黨は貧乏政黨です。

  この子豚貯金箱醵金運動は、民進黨にとつて貴重な資金源になる上、

  草の根の民衆運動ともなり、蔡英文の集票活動に大いに貢獻します。

  民進黨が發動した運動だつたら、かうも盛上らなかつたでせう。

  民衆が自發的に發起したので、運動は台灣全土に擴りました。


  民進黨はこの動きを受けて、10月25日、子豚貯金箱養育運動を始めました。

  各地の蔡英文・蘇嘉全競選本部が子豚貯金箱を發注し、有權者に配つて貯金して貰ふ。

  それを 「 里歸り 」 と稱して、滿杯になつたら競選本部に持參して貰ひます。

  「 里歸りの日 」 を決めて一齊に持つてきて貰つたりもします。

  また競選本部に親豚の巨大貯金箱を設置し、來場者がその場で醵金できるようにもしました。


  支持者はこれに應へ、列を成して貯金箱を受取り、

  硬貨や札を入れて民進黨の競選本部に持參しました。

  あるおばさんは25個も貯金箱を受取り、知友親戚に配つて貯金させたとか。


  これを 「 台灣のジャスミン革命 」 發動だといふ識者も居ます。


  國民黨はこれに驚き、

  馬英九總統の真筆を入れた 「 台灣平安福 」 なるお守りを作つてばら撒きましたが、

  子豚貯金箱運動の勢ひには、お守りの數でも、運動の盛り上がりでも、遠く及びません。


  恐慌を來した馬政權は、寄付金の出所を明示せよと指示して、

  貯金箱持參者の住所氏名を明記させる措置を取りました。

  民進黨は、選擧後に國民黨政權が報復するのではと危惧してゐるさうです。

                                                            ( 2011.11.26/2012.1.6補筆 )


2012.1.22 追記:

  1月 6日に補筆した時點で送稿・掲示しておけばよかつたのに、

  1月12日〜18日の台灣總統選視察の準備に忙殺されて證文の出し遲れになつてしまひました。


  蔡英文主席落選のあとでは、子豚貯金箱運動も虚しい話ですが、追記しておくべきことが二つ

あります。


  第一、民進黨發言人 林俊憲が 6日發表したところによると、

    三匹の子豚募金活動の成果は以下の通り ( 中央通訊社 1.6/23:33 )


    里歸りした子豚の總數は  14萬3000匹

    募金總額は  2億0120萬元


  第二、中共も國民黨も民進黨の基盤 南部 にお金をばらまきました。

    中共は 2009年の年末に政治局が新台灣政策を決めた。

      「 向南移、向下沈 」

      ( 南に移動し、南の草の根に浸透せよ )

    そしてこれに莫大な資金を投じたさうです。


    國民黨は、豊富な黨資金を票の買収に投入しました。

    知人が故郷へ歸つて投票したとき、こんな事情を見聞したさうです。

    國民黨の地方ボスが投票所でまだ投票に來てゐない人に片端から電話を掛け、

    投票に來なさいと勧誘した。

    そして投票した ( 勿論 國民黨に ) 人にお金を渡した。

    檢察官は國民黨員が多く、民進黨の不正は見逃さぬが、國民黨の不正は見て見ぬふりをします。

    知人はつくづくと嘆いてゐました。

    「 台灣の選擧は實に不公平です 」 と。


    台灣の選擧を 「 成熟した 」 「 進歩した 」 といふ人が少なからずゐますが、

    まだまだ未熟です。