中國が發した危險信號-伊原教授の読書室

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        中國が發した危險信號

                  「 危險的信號 」 ( 社論/ 『 爭鳴 』 2011.4月號,2-3頁 )



伊原註:先づ以下の ニュース記事を 二つ お讀み下さい。


  2011. 3.10  呉邦國:中國不可能採多黨輪流執政 ( 鄭翔峻/綜合報導/新頭殼newtalk 3.10/17:41 ) :

    中國は目下 中東諸國に起因する 「 ジャスミン革命 」 の 延燒の危險に曝されてゐるが、中國全國人民代表

    大會常務委員會委員長呉邦國は10日、第11期全國人民代表大會第四回會議で工作報告をした時、これ

    を氣に病むかの如く、中國は多黨制・政權交代の民主主義政治體制を採用することはあり得ないと強

    調した。中國は指導思想の多元化はやらない、 「 三權分立 」 や兩院制もやらない、連邦制も私有化も

    認めぬと。呉邦國は一段と聲を高めて警告するかの如く言ふ、中國の根本制度の重要原則が動搖すれ

    ば、國家の經濟發展が揺らぎ 「 内亂になる恐れあり 」 と。中國人大は外國メディア から 「 ゴム印 」 ( 盲

    判を捺す=言ひなりになる ) 機構だと誹られてゐるが、呉邦國發言の以下の 部分を見れば この解釋

    は當つてゐるやうだ。呉邦國は會議中に曰く、中國人大は立法工作上、中共の指導を堅持せねばなら

    ぬと、云々


      →全人大委員長が危機感:中共一黨獨裁 「 搖らげば内亂も 」 ( 北京=佐藤賢 『 日經 』 3.11,9面 ) :北

    京で開會中の全人大で 3月10日、呉邦國全人大委員長が活動報告をし、中共の一黨獨裁體制について

    「 搖らげば發展の成果を失ひ、國家が内亂のどん底に陷る可能性もある 」 と強い危機感を示した。中

    東情勢に觸發され、中國でも民主化を求める集會が呼掛けられてゐることを念頭に、中共指導體制を

    強化する必要を強調した。呉邦國委員長は 「 政權交代する多黨制や三權分立・二院制は導入しない 」

    と語り、西側諸國の政治制度の採用を拒否する考へを明確にした。一方で 「 法律制定時に幅廣い國民

    の意向を反映させる 」 とし、民意を汲取ることに重點を置く姿勢も アピールした。貧富の格差是正にも

    觸れ、 「 頗る難しいが、喫緊の課題 」 と指摘した上で、所得の再分配を進める方針を力説した。




以上を御承知の上で、 「 危險な信號 」 といふ香港の雜誌 『 爭鳴 』 の以下の社説をお讀みください。




  「 中國の特色 」 を持つ 「 兩會 」 が終つた。

  元々一般人にとつて蠟を噛むやうな ( 味ひのない ) 「 兩會 」 は 3月の ニュース では一番後回しになる。

  だつて 冗長無味で延々と續く報告など 誰も興味を持たぬし、

  況 ( ま ) して代表や委員の阿呆面を眺め續ける趣味を持つ人も居ないからだ。

  その上、日本の大地震と北アフリカ革命 ( ジャスミン革命 ) の衝撃があつたので、

  一年一度の浪費に過ぎぬ 「 兩會 」 など、誰も鼻も引つ掛けなかつた。


  だが中國政局の觀察者からすると、今年の 「 兩會 」 は尋常 ( ただ ) ならぬ シグナル を 發した。

  獨裁政權にとつてこの シグナル は その病状の深刻な惡化を意味してゐる。


  シグナル ( 1 ) : 「 人民 」 代表大會が人民を一段と怖がり始め、各地から上京する人民を一掃した上、

            大學生が校外に出ることを恐れる餘り、ヘリコプター を 大學上空に飛ばせて

            學生の動きを監視させた といふ。


  シグナル ( 2 ) :天安門廣場を中心にその周邊一帶に制服私服の警官を例年になく高密度に配備し、

            全地下鐵列車に新規増員した黒い制服の安全檢査員を乘込ませて

            隨時 疑はしい乘客を取調べさせた。


  シグナル ( 3 ) :軍買収のため金をばら撒く。

            中國軍の待遇は元々地方より抜群に高いのに、更に高給を與へた。

            下士官は一度に 40% 増給したし、士官は平均 1000元 増俸した。

            更に昨年後半から一律追加を始めた。

    伊原註:中國の國防豫算は 1989年以來連續 21年間二桁増を續け、

            昨年は一桁になつたが、今年度は又もや二桁増に戻した。

            1989年の國防豫算 251億4700萬元 → 2011年 6011億5600萬元 ( 24倍! )

            兵士の給與= 5-40% 増

            下士官給與=一律 40% 増 ( 1000元増 )

            尉官の給與=月額 4000元

            將官の給與=月額 2萬2000元


  シグナル ( 4 ) : 「 安内 」 費が 「 攘外 」 費を上回る。

            20世紀の 30年代、中國は 國内に 2政府 ( 國民黨の國民政府・共産黨の ソヴェト政府 ) あり、

            國外に強敵 ( 日本 ) を抱へてゐた。

            蔣介石の方針は 「 攘外の前に先ず安内 」 、

            その理由は、共産黨といふ政府にとつて代らうとする獅子身中の蟲を生かした儘では

            安んじて攘外できぬからだと。

            現在の中國大陸は完全に中共の一統天下であり、少數の異議分子が意思表示するだけ。

            然もこれらは憲法の公民の權利の枠内に留まり、國家の安全を損なふやうなものではない。

            それなのに、今年の政府の 「 安穩維持 」 經費は六千餘億元に達し、國防豫算を上回った。

            この額たるや、全國14億人が 1人當り四百餘元を自己鎭壓用に醵出してゐることになる!



  以上の 4 シグナル をひつくるめると どんな風景が出現するか?


  「 人民 」 の 政權が人民を主要敵にしてゐる、といふ構圖だ。

  つまり 政權擔當者は自分で自分を 「 人民の公敵 」 と位置づけてゐるのだ。


  今年は辛亥革命百周年、今昔の感無量だ。

  當時 中華民國は アジア 初の共和國だつた。

  この共和國は多事多難ながら、幾千年續いた專制支配を倒した。

  北洋政府時期の軍閥混戰あり、帝政の復辟にも見舞はれたが、共和の大局は搖がず。

  中國國民黨も一黨專制を實行したものの、國家を私有せず、 「 訓政 」 時期の 「 以黨治國 」 として

  憲法實施の時が來れば 「 還政於民 」 ( 政治を人民に返す ) と 稱した。


  只獨り 中國共産黨 ( 中共 ) だけが中國國民黨の一黨專制に反對して興隆し、

  自分の一黨專制體制を築いて今まで六十餘年經た。

  中國國民黨の 「 以黨治國 」 は 「 還政於民 」 を約束してゐた上、既に實施濟だ。

  だが中共は約束すらしてゐない。


  中共は武力で天下を手に入れて坐り込んだ。

  その領袖 毛澤東 は 「 マルクス+秦始皇帝 」 と自稱し、中國有史以來の權勢極まる皇帝に成上がつた。

  この暴君が中國を十年の災厄に晒した揚句 世を去つた後、中國は歴史的好機に惠まれた。

  歴史的好機とは、專制の泥沼から再度 共和に向けて歩む機會である。


  中外の歴史には格好の先例がある。

  傳統的社會が現代文明社會に向ふ過渡期に專制獨裁が民主主義共和制に變る際に、

  社會に巨大な動搖と破壞を齎す暴力革命なしに平和に轉換した先例だ。


  こんな平和な過渡期に惠まれる根本條件は、經濟の必要と各方面の政治力との バランス である。

  そこでの要件を構成するのが 「 統治者の態度 」 である。

  スペイン の カルロス、ソ聯 の ゴルバチョフ、台灣の蔣經國は 共に平和な過渡期を主導した。


  中共の總書記 胡耀邦・趙紫陽は、中國を毛澤東の桎梏から引上げ、

  高度に民主的で高度に文明的な現代社會に向かはせた指導的人物である。

  中共11期三中全會は一黨專制を終へる任務は果さなかつたが、

  經濟改革を設定し、現代文明に到る路線をはつきりと定めた。


  所が中共の守舊派は根強く、自分らの特權を守るため流血の屠殺に踏切り、

  歴史の歯車を捩曲げて二十餘年過ぎた。


  伊原註:中國では改革期に保守派が強く、改革派を壓倒する ( 例:戊戌の變法を潰した西太后 )

          日本では改革期に改革派が強く、保守派を壓倒する ( 例:安政の大獄後の井伊直弼暗殺 )

          井伊直弼も西太后も、政權末期に政權の傳統を守らうとした傳統主義者だが、

          日本では改革派が押切つて幕府を倒すのに、シナでは改革派が押切られた。

          シナでは傳統 ( 專制支配 ) の力が壓倒的に強く、

          辛亥革命も共産革命も乘越へて生延びてゐる。


  彼ら守舊派は中共11期三中全會の全面改革路線をすつぱり捨て、

  社會の嚴しい統制を全面的に強化して自ら制定した憲法を蹂躙り、

  人民の言論・出版・集會・結社・デモの自由を全面剥奪して

  公民の人身・財産の合法的權利をやり放題に侵犯し、

  人權の記録上、中國を世界に冠たる劣惡な大國に貶めてゐるのである。


  多くの善良なる人々が、曾て何度も中國の和平演變に期待を寄せ、

  人類文明史上の共通の大道を歩むものと期待した。

  だが中南海の實權掌握者は何度も彼らを失望させた。

  そして今、中共の序列第二の人物 呉邦國が今回の全人大で 「 五個不搞 」 ( 五つのせず ) を持出した。


  「 不搞多黨輪流執政、不搞指導思想多元化、不搞三權鼎立和兩院制、不搞聯邦制、不搞私有化 」

  ( 多黨制をせず、指導思想を多元化せず、三權分立・兩院制をせず、聯邦制をせず、私有化せず ) 。


  御注意あれ。

  これは 呉邦國個人の願望ではなく、中共指導核心を代表して全人大で打出した公式聲明なのだ。

  これは 中共が今回 「 兩會 」 を通じて全國・全世界に發した正式の シグナル なのである。

  彼らは 一黨專制の路を最後まで歩み續けるつもりなのだ!

  「 兩會 」 期間に人民の公敵を自認する四つの シグナル を出したのは、

  正に呉邦國がやつた 「 中共權力核心の態度表明 」 の註釋なのだ。


  呉邦國の今回の講話は、中共が世界の民主化の大潮流を拒絶する最も強硬な獨裁宣言である。

  かくも赤裸々に人類文明の敵だと公言した上、

  風聲鶴唳草木皆兵 ( 何でもないことに怯え、些事にびくつく ) 慌てぶりは、

  彼らの正體、 「 末期症状に動轉する臆病者の姿 」 を示してゐる。


  念のため言つてをくが、全中共の指導核心は 鐵板のやうな強いものではない。

  だが彼らが直面する統治危機は明々白々だから、彼らは等しく危機を認めてゐて、

  舊來の統治法では役立たぬと承知してゐる。


  デモ對處法では割れてゐる。危機對策が二つあるからだ。


  天の理 民心に順應して政治改革を實行し、

  民主憲政に方向を轉じて危機を自然に解消し、

  國家も個人も出口 ( 前途 ) を見付ける廣々とした大道が一つ。


  一黨獨裁を堅持して暴力で無理矢理 安定を維持し、頑として人類文明を敵に回すもう一つの道は、

  殘念ながら崖つぷちに向ふ前途のない道だ。


  中國を車に譬へると、中南海は運轉手席だ。

  中共の 「 第四代核心 」 は顏も内心の思ひも別々だが運轉手席に坐っている點では同じ。

  誰が ハンドル を握つてゐるのか、外からは判らない。


  今、呉邦國が講話した。

  彼は全人大で話したが、彼の講話は政治局常委で審議濟だ。

  果せるかな 常務委員が何人も分科會で呉邦國の講話を褒めた。

  これはつまり、中共は統治危機對策を既に決めて公表したことを意味する。

  彼らは人類文明の普遍的價値に全く背を向け、

  「 六四天安門事件武力鎭壓 」 以後のあの 「 中國の特色ある 」 道を飽く迄突進するつもりなのだ。


  これは危險な信號である。

  つまり彼らは ボイラー の バルブ をしつかり締めた上で壓力を加へて 「 安定を維持 」 し、

  ボイラーが爆發するまでそれを續けるのだから。


  かうも言へる。

  車の ハンドル を酒に醉つた者が握つてゐる。

  彼は猛然とアクセルを踏みつつ 「 俺は醉つてなんかゐない! 」 と喚 ( わめ ) く。

  しらふの者が直ちに彼から ハンドル を奪はぬ限り、車も人も深淵に轉落するほかない。


  だが、事態には別の一面もある。

  なぜなら、中國の事態は抑 ( そもそも ) 量子力學の 「 不確定性原理 」 の範疇に屬するからだ。

  この原理によれば、

  微粒子の同一系の一つの 「 物理量 」 が確定すれば、別の 「 物理量 」 が不確定となる。

  もし中南海の指導核心がこの微粒子みたいなら、その内部關係は不確定であり、

  外部の者からは觀測不能となるほかない。


  毛澤東がこの世を去つてから、中國の政局は變幻無常となり、

  正に杜甫の詩句がいふ通りになつた。


  「 天上浮雲如白衣、斯須變幻爲蒼狗 」

  ( 天上の浮雲は白衣に似たり、斯須 ( ししゅ ) 改變して蒼狗の如し )


  伊原註: 「 可歎 」 ( 歎かはしい ) といふ知人の惡評を嘆く詩の冒頭の二句。

          「 古往今來共一時、人生萬事無不有 」

            ( 古往今來共に一時、人生萬事有らざる無し )

          と續く。


          意味は次の通り。

          「 空の雲は白い衣のやうだと眺めてゐると忽ち青犬の姿に變る。

          「 昔と今は違ふやうで違はない。世の中は何でも在りだ 」 云々


  中國の情勢は果してどうなることやら?

( 平成23年4月9日 )