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高橋裕史『イエズス会の世界戦略』

    (講談社選書メチエ 372、2006.10.10) 1650円+税


皆さん、南蛮と紅毛の区別はご存じですか?

戦国末期にまず日本に来たカトリックの国、ポルトガルとスペインの人たちが南蛮、あとで来た新教国オランダ・イギリスの人たちが紅毛です。

本書は南蛮に属するカトリックの尖兵、イエズス会の「世界戦略」を述べた本、私の興味は徹頭徹尾「鉄砲」との関係にあります。


ポルトガルが火縄銃を齎したことは周知の事実ですね。ところがこれに対して、猫も杓子もハードである鉄砲に興味を集中します。しかし私が目をつけるのは火薬です。火薬がなければ火縄銃は役に立たない。火薬と弾丸があって初めて「武器」になります。


当時の弾丸は鉛。火薬は黒色火薬ですから、硝石 7・硫黄 1・木炭 2の重量比で混合したもの。このうち、鉛と硝石が輸入に頼りました。戦国大名が南蛮を歓迎し、カトリックに改宗までするのを、多くの日本史学者が「貿易の利益のため……」としますが、自分の領地を守るための軍需物資が手に入るかどうかが死命を制したため、であります。

(火縄の材料・綿、つまり木綿も重要軍需品であり、当時の木綿衣料革命に連なる大事な物資ですが、今は擱きます。何れ「日本の大航海時代」と「鎖国」を論ずる時に取り上げます)


 当時、ヨーロッパ諸国も硝石をインドから輸入しました。日本へは、ゴア→マカオ経由で入ります。硝石(当時「塩硝」エンショウ と言った。硝酸カリウム)は、人畜の糞尿や、家屋の下の土からとれましたが、純度を高める必要があり、安定・大量供給に問題がありました。


 余談ですが、私が戦前、小学生の時に習ったのが「チリ硝石」。硝石は火薬の原料と共に、肥料の原料にもなります。

 (肥料の三要素=窒素・燐酸・カリ)

 ドイツは第一次大戦前に、硝酸カリウムを工場で生産する方法を開発します。これで第一次大戦の物凄い砲撃弾幕戦に大量の火薬を供給し果 (オオ) せました。

 ところが戦争が終ると忽ち供給過剰になります。同じく大量に過剰になった トラック と、その生産ライン が トラクター生産に変ることで トラック が肥料を農村に運び、トラクターが広い農地を耕して、第一次大戦後、世界的な農産物供給過剰となります。先進国 (アメリカ、カナダ、 オーストラリア、 ニュージーランド) が一次産品の大量供給国になり、農民が大半である後進国が一次産品を輸出して工業化の原資を蓄積する道を塞ぐのは、第一次大戦以降の話です。

 軍馬も トラック の採用、騎兵隊の戦車隊への変身で過剰となり、激減しますので、馬糧も大幅に要らなくなります。かくて農家(地主+農民)が不景気に悩み、それまで大量に工業製品を買っていた「農家の需要」が激減し、工業がだぶつきます。

 1930年代の大不況は、こういう世界的規模の産業構造の変化により発生します。昭和初年代の日本の深刻な農村不況(豊作貧乏の恒常化)の背景も、ここにあります。


──これは、戦国末期の火薬の話から大幅脱線しました。歴史はこういうふうに絡まってくるので調べることがいくらでも拡がり、面白くてたまらんのであります。


戦国末期の日本が、この塩硝の大量供給にいかに腐心したかを描くのが、山本兼一『雷神の筒』 (集英社、2006.11.30/1800円+税) です。歴史学者より、作家の方が余程常識があり、判断がまともです。学者は資料のあることしか書かないので、偏るのです。


さて、イエズス会と火薬の関係です。本書に、下記の記述があります。


126頁 ナウ船のもたらす硝石、火器、中国産生糸に代表される国内「非自給物資」

198頁 宣教師がもたらす「南蛮の珎 (珍) 物」とは、中国産生糸や絹織物類をはじめ、

麝香、白檀などの香薬類、鉛や硝石それに火器などの軍需品」

199頁 ポルトガル船は鉄砲や大砲、硝石や鉛などの軍需物資をもたらしていた。

207頁 ナウ船のもたらす日本国内非自給物資には、中国産生糸に代表される奢侈品だけ

ではなく、硝石、大砲、火薬、銃などの軍需物資もあった……。これらの軍需物資が、有事の際には「武器」として供されていたことは、大村純忠、有馬晴信に対するナウ船からの軍資金や鉛、硝石などの提供が証しているところである。

219頁 有馬晴信への軍事援助「巡察師(ヴァリニャーノ) は……鉛と硝石も支給した……」

222頁 弾薬、武器、大砲その他必要な諸物資を (長崎に) 供給することが非常に重要

229頁 イエズス会は長崎来航のナウ船搭載の火器や硝石などを仲介、調達……


 ポルトガル船が硝石や鉛などの「軍需物資」を運んでいたことは判りましたが、本書の記述では隔靴掻痒、日本側の対応の記述が殆どないからです。


 ひとつ、収穫がありました。69頁〜70頁にこういう記述があります。


ポルトガルは海外の新発見地にいたる航路と貿易権の独占、新発見地の現地住民を奴隷化する権利、そこでのキリスト教布教を独占する権利を公認する勅書を、ローマ教皇庁に働きかけて獲得し、自らの行為の「正当性」を合法的に主張……


 イエズス会を含む宣教師が「現地住民を奴隷化」していた事実を示す記述です。

 (奴隷は当然、貿易品として売買の対照です)


1587年/天正15年に秀吉が出した宣教師追放令は、「キリスト教入信の強制」と共に「日本人奴隷の売買」を禁止していることから判るように、宣教師が日本人を大量に奴隷として国外に売りとばしていたことがきっかけなのです。従来、日本史では「禁教」が強調され、日本人奴隷の売買が軽視ないし無視されていました。


 教訓:歴史の通説を信じてはいけない。自分で確かめないと、いい加減な説を受け売りすることになる。

(平成19年6月16日記)