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 義和団事件と文革の嵐


伊原吉之助

(帝塚山大学名誉教授)


     攘夷を巡る清朝の葛藤

 頗る感動的な書物に巡り合いました。清朝宮廷の末裔、愛新覺羅恒懿が書いた『世紀風雪 (上下) 』 (NHK出版、平成19.3.30)です。

義和団事件当時の清朝宮廷内の和戦の葛藤がよく判ります。私はかねてから、西欧の近代国家形成圧力に対する清朝の本音の対応は排外攘夷だと考え、義和団事件に注目してきました。

 義和団事件について「よく知らない」「一通りのことが知りたい」という読者へのお勧めの文献に、柴五郎・服部宇之吉『北京籠城・北京籠城日記』 (平凡社東洋文庫53、昭和40.10.10第一刷/昭和47.8.30 第三刷) 、村上兵衛『守城の人──明治人 柴五郎大將の生涯』 (光人社、1992.4.23)、ウッドハウス暎子『北京燃ゆ──義和団事変とモリソン』 (東洋経済新報社、1989.12.21) があります。何れも籠城側の記録です。

中国の民衆運動面から見たのが三石善吉『中国、一九〇〇年──義和団運動の光芒』(中公新書1299、1996.4.25)、佐藤公彦『義和団の起源とその運動──中国民衆ナショナリズム の 誕生──』(研文出版、1999.9.1) です。救出の主力であった日本軍の側を調べたのが、斎藤聖二『北清事変と日本軍』(芙蓉書房出版、2006.5.24)です。

 ほかに、訳本を含めてまだまだありますが、さしあたりはこれで充分です。

 アメリカ映画「北京の55日」も、多少の参考にはなります。


     義和団支援か鎮圧か

 ところが以上の書物のどれにも、清朝宮廷の動きが書かれていません。

 この盲点を埋めるのが、義和団を支援した端郡王愛新覺羅載● (三水偏+猗) の曾孫が書いた本書です。1947年生れの恒懿さんに、父毓岳が清朝宮廷内で起きた出来事を克明に話して聴かせます。父の「歴史の真実を後世に伝えよ」との遺言に従い、苦難の末渡った米国で本書の原稿を書き上げました。

 これが日本に渡り、翻訳出版されるまでの数奇な物語は本書に詳しい。

 前半、義和団を巡り清朝内の攘夷派と協調派の駆引が、手にとるように描かれます。かねがねこの時期の宮廷の動きが知りたかった私にとって、これは大収穫でした。

 義和団が排外の標的にしたのは列強の手先、外国人基督教神父と中国人信者でした。列強公使団は、義和団鎮圧を要請します。義和団を鎮圧するか支援するかを巡り、宮廷が二派に分かれて対峙します。

 背景に、列強は近代化を目指す光緒帝を支援したがり,それを列強の内政干渉・清朝潰しと見た西太后 (慈禧太后) が夷狄の排除に傾くという外因が働いています。


     宮廷の和戦の葛藤

 支援派(主戦派)は端郡王を筆頭に莊親王載● (員力) 、軍機大臣趙舒翹、輔国公載瀾、協辧大学士剛毅ら。対する鎮圧派(主和派)は光緒帝を筆頭に慶親王奕● (匡力) 、吏部左侍郎許景澄、太常寺卿袁昶、兵部尚書徐用儀、戸部尚書立山、内閣學士聯元ら。西太后は保守派ながら最高責任者として両論を聴きつつ、次第に支援派に傾きます。ここに描かれる西太后はなかなか理性的かつ慎重です。

例えば、主戦派の顔を見ながら──

 「血気にはやる雄鶏のように、がむしゃらに突き進むことしか知らず、よく考えもせぬ。一体どこに納得できる道理がある? 大体、甲午の戦い (日清戦争) では、あんな小国日本にこの大清国が負けたのじゃ。こたびは十指に下らぬ強国を相手にして、本当に勝てるのか?」 (60頁)

 光緒帝もはっきり意見を述べます。

 「弱国一国が強国11ヶ国に対抗するなど滅亡の道だと朕が言ったではないか。外国人が未だ北京に攻め込んでいない今のうちに首謀者を厳しく罰し、義和団を殲滅した上、難に遭った宣教師を弔慰し、彼らの経済的損失を賠償せよ。さらに ドイツ政府と日本政府に陳謝せよ。さすれば講和の希望も大いにあろう」(196頁)

 鍵を握る人物が西太后の信頼厚い軍機大臣榮祿で、義和団を信用しないまま、先ずは西太后の排外に同調し、列強との協調の余地を残してやがて義和団鎮圧に動きます。西太后は結局、榮祿の線で動きます。

 張之洞、劉坤一、李鴻章、袁世凱ら漢族高官は太平天国鎮圧過程で近代兵器の威力を悟り、西太后の攘夷命令に面従腹背を決め込む。

 三者の葛藤が劇的に展開し、手に汗握る波瀾万丈の物語が展開します。


     慈悲深さを秘めた強情

 期待していなかった後半の著者の生立ちと奮闘の記録が、これまた素晴らしい劇的内容なのです。

 清朝覆滅後、宮廷一族は苦難にさらされます。一家の身の上話は、さながら中国近現代史を舞台にした大河ドラマ。中華民国の内乱状態の下で運命に翻弄される溥儀とその眷属。その中に著者の父毓岳がいます。

 母來福は祖母に買われた召使。それを父毓岳が見初めて妻に望みますが、祖母が將軍のお嬢様と結婚させてしまいます。やむなく父は母を第二夫人にしますが、母は結婚後も、祖母からも第一夫人からも「卑賤の者」として蔑視され、こき使われ続けます。


 恒懿さんは、歌がうまい聡明な美少女に育ちます。その勝気の性格と有能は父のお気に入りとなるものの、つらい境遇に耐えかねた母は時々彼女に当ります。飢える子供たちを抱えた母は、自分を構わぬ夫への恨みつらみを著者にぶつけ、母の辛労を知る著者はそれを甘んじて受けとめるのです。

 幼い頃から絵がうまかった著者は、大伯父溥傑の紹介で一流の先生について絵を学びます。貧しいながらすくすく育つかに見えたところへ無情な文革の嵐です。ちょうど大学に上る時期にあった著者に、文革の魔手がまともに見舞うのです。


 危機こそ恒懿さんの本領発揮の時、紅衛兵の襲撃に屈しない。何度殴り倒されても「すぐ立上って背筋をピンと伸ばし、紅衛兵を睨みつけた」(下 184頁)

 彼女は飢える家族のため、毎月10元届ける約束で結婚しますが、相手はお金を届けません。騙したぐずの無能男に怒り心頭に発しながら、相手を立て、子育てに邁進します。


 数々の苦難に遭いながら、次々それを克服して向上する恒懿さんの奮闘ぶりは、驚嘆に値します。挑戦と克服を繰返す彼女は、阿修羅のような獅子奮迅の働きの内側に「菩薩の心」(下 304頁)を秘める強い修行者なのです。

(07・4・28/5.31 増補)