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静宜大学2007年『日本学と台湾学』及び第36回南島史学国際シンポジウム・報告
日台中の平和共存
──文明史の観点から──
日本・帝塚山大学名誉教授
伊原吉之助
狙い:共存が頗る難しい日台中三ヶ国の共存の道を、文明論と地政学の観点から探る。
I. 日韓台中と米国
米国は自助努力する国しか支援しない
他国に対する支援能力を持つ米国は、今や北朝鮮の核問題処理から判るように、地域の問題は地域に任せようとしている。そしてイラクのように、米国が関心を持つ地域には出兵するが、それ以外の地域は、1969年7月にグアム島でニソクン・ドクトリンを出して以来、「先ず自前で防衛せよ。そしたら支援を考える」という「自助努力優先原則」を維持している。従って日本も台灣も、「天は自ら助くる者を助く」 Heaven helps those who help themselves.という大原則を拳拳服膺せねばならない。その上で、足りぬ部分を国際協調と集団安全保障によって補う必要がある。
ニクソン訪中以来、米国は中国を優遇
東アジアは、地政学上も政治体制上も、二つの特徴ある地域に区分される。日韓台は海洋国・貿易国・自由民主国である。それに対して中国は大陸国・自給自足型の国・共産党一党独裁国である。従って日韓台は国際連帯して中国と距離を置くのが自然な対応であり、東西冷戦期にはその形で事態が推移した。だが1972年のニクソン訪中以来、とりわけ1979年の米中国交締結以来、米国は「一中」政策と称して新しい友・中国を重視して育成し、古い友・日韓台を粗略に扱う政策を展開してきた。その根拠に掲げられたのが、対ソ交渉力の獲得、即ち「チャイナ・カード」獲得の必要であった。
しかし 1991年にソ連が解体し、冷戦構造が崩壊した後も、米国は「一中」政策という名の中国優遇策を改めなかった。これがトウ小平の改革開放政策・台灣の対中国投資解禁策と相俟って西側諸国の対中投資急増となり、経済的な相互依存関係が深まって、東アジア諸国の関係が頗る混雑化した。特に台灣は、90年代以降、西側諸国の対中累積投資の半分以上を一手に投資し、台灣経済の空洞化や中国の圧倒的影響力が危険視される状況にある。
韓国の北朝鮮確保策
韓国は北朝鮮を外国(米国・中国・ロシヤ)の支配から守るため著しく宥和的な政策を採り、金大中・盧武鉉両政権は大きく反米政策に傾いた。第二次大戦後、韓国は北朝鮮と対峙して大陸国中国から遮断され、半島でありながら西側の一国として島国・海洋国的要素を強めたが、金大中・盧武鉉両政権の「反米親中」政策は、中国と地続きの朝貢国に先祖返りするかの感があった。在韓米軍が撤退するかどうかがその決め手となる。但し最近、中国の高句麗支配の再現を恐れ、反中の動きが出て来始めた。
中国の世界天下化の野望
中国は地域大国 (東アジアの覇権国) を目指すと見られている。その必須要件は、日本を屈伏さすことである。東アジアに「両雄は並び立たない」からである。しかし中国の最近の動きを見ると、中国の野望はもっと大きい。世界を中華天下と化してそれに君臨するつもりのように見える。陸海空天 (宇宙) の「四位一体」国防構築ぶりを見ると、米国と覇権を張合う軍事大国を志向中としか思えない。世界中に中国人をばらまき、チャイナタウンという拠点を各地に作っている(*)のを見ると、世界各国を朝貢国(中国の意向に逆らわぬ国)に変えてしまうつもりらしい。目下、独自の GPS(位置測定システム)を構築中である。今年1月12日には衛星破壊実験を成功させ、他国の GPSを破壊する能力を誇示したし、4月14日には北斗 6基目の衛星を打上げた。今年中に、更に数基打上げる予定である(**)。
*ネット で 次のような事態が報告されている(「花岡信昭メールマガジン」 421号/2007.4.21)
:ミラノ で 中国人と イタリア警官隊が衝突。 4月12日、五星紅旗を押立てた中国人暴徒千人と イタリア警官隊数百人が棍棒などで殴る蹴るの大乱闘を演じました。事件は ミラノ中華街で違法駐車して商品を搬入していた中国女性に イタリアの 婦人警官が反則チケットを渡したところ、中国女性が怒って殴り掛かり、これを周りの中国男性が大挙応援。中国人側はみるみる千人に膨れ上がり、ハンドマイクで がなりたて、五星紅旗を掲げて急遽出動したイタリア機動警官隊に刃向かいました。イタリアではこの20年間、中国人が激増し、届け出分だけで11万4000人、不法滞在者を含むと在伊中国人は 20万超居るそうです。うち、ミラノ には少なく見積って 1万2000人。ミラノ の 中華街は総数二、三百店、これ見よがしの違法行為が相次ぎ、イタリア当局の取締も厳しくなっていました。イタリアの新聞報道によれば、フィレンツェ近くの ピラート を 中心に イタリア繊維業界にも中国人企業家が怒濤のように押寄せ、次々イタリア企業を乗っ取りつつあるそうです (伊原注:この話はJames Kynge, China Shakes the Wrold/ ジェームズ・キング (栗原百代訳) 『中国が世界を メチャクチャに する』草思社、2006.10.4,第四章に詳述あり) 。
**衛星利用測位システム Global Positioning System の概況:
米 国=24基体制で長期、独占してきた。
ロシヤ=グロナス衛星17基稼働中。目標=24基体制
E U=ガリレオ計画、進行中。中国、2003年に資本参加
中 国=2000.10.北斗衛星打上開始。現在5基稼働中。目標=35基体制
中国を育て、台灣を抑える米国
米国はこの「四位一体」で軍事力を急増する中国を一面で警戒しつつも(国防総省)、今のところはまだ中国の育成に利益を見出している(ホワイトハウスと国務省)。その証拠に、ブッシュ政権は自由民主の台灣を抑えて共産独裁の中国との協調を優先している。ブッシュ大統領は2003年12月9日、温家宝首相に「台灣独立に反対」とまで言明した。この発言は、それまで米国首脳が繰返した「台灣独立を支持せず」を超える発言であり、英国から独立建国した立場からも、民主主義と国民の自決を重んずる立場からも、あるまじき発言である。中国が共産党独裁の人民抑圧国であること、低信用社会であり、力しか信ぜず、力を振回す野蛮な国・近所迷惑な存在であることを考えれば、米国の中国支持は世界の平和と安定を脅かす危険を内蔵している(*)。
*米国指導層が当面の利益に目が眩み、中共政権の人民抑圧の実態に目を瞑っている「危険な現状」を告発したのが、次の書物である。
James Mann, How Our Leaders Explain Away Chinese Repression, 2007
渡辺昭夫訳『危険な幻想:中国が民主化しなかったら世界はどうなる?』(PHP研究所、2007.5.2)
米国が第二次世界大戦に際し、反共の日独を叩いて共産革命の元兇ソ連を支援して戦後の東西冷戦を準備したこと、イランを叩くためにイラクを支援して軍事大国に育て上げ、その後自らが育てたイラクを叩いたことを考えると、米国は敵対勢力を育ててから対抗する癖のある思慮浅はかな国である。東アジアの平和と安定を求める者は、米中関係の推移に注目する必要がある。
人間性の根本に還れ
東アジアの平和と安定にとどまらず、世界の平和と安定が中国によって、そして中国に対する米国の対応の手ぬるさによって、脅かされようとしている。これを従来の国際力学で考えると、力には力で対抗せよとなって軍拡競争に行き着く。この道は、これまでのように戦乱の連鎖反応を繰返す道である。
私はこの際、人間性の根源に還り、東アジアのみならず、世界が平和共存する方法の基本点について考えてみたい。
危機に臨む日本と台灣
日本と台灣はよく「運命共同体」と言われるが、共通点が多い。特に日台に課せられた戦後体制が、その後の時の推移と共に現実に合わなくなり、国家の存立を脅かすに到って抜本的改革を迫られている点が共通している。一言でいうと、新憲法を制定して国家独自の在り方を再構築することが要請されているのである。日台とも、憲法は外国から押付けられたもので国情にそぐわず、国家の健全な在り方を妨げてきた。台灣の憲法危機は周知のことなので、日本の場合について一言しておこう。
中西輝政によると、日本は文明史上の危機を何度か経てきた(『国民の文明史』産經新聞社、平成15.12.20/『日本文明の興廃:いま岐路に立つ、この国』 PHP研究所、2006.5.10)。
縄文時代→弥生時代(紀元前 5〜4世紀)
大化の改新→壬申の乱→律令国家の完成 (7世紀)
元寇→建武の中興→南北朝合体 (13〜14世紀)
応仁の乱→戦国時代→徳川幕府 (15〜16世紀)
黒船来航→幕末明治維新 (19世紀)
敗戦・占領による国体破壊→現在
日本が現在直面する危機は、国民精神の危機である。これを克服するには、国体(国の根本的な在り方)の再確認が必須である。台灣でいう認同 identity の確認である。日本の場合、その要となるのが天皇観である。
日本は、国家形成の初めは天皇親政の一中心の政治構造で出発するが、7世紀末から藤原氏の国家権力掌握が始る。9世紀半ばに藤原氏の攝関政治が確立して貴族政治となり、権威の中心(天皇)と権力の中心(攝政関白)とが分離して二中心(楕円形の政治構造)となった。やがて武士が興隆し、12世紀に鎌倉幕府が成立して以来、武家統治が続き、歴代天皇は「君臨すれども統治せず」状態が続く。明治維新は王政復古と称し、鎌倉幕府以来七百年続いた幕府政治を廃し、「天皇親政」に復帰すると呼号したが、実態は「天皇機関説」と称ばれる立憲君主制、つまり「君臨すれども統治せず」だったことは、よく知られている。
但し、この体制を、天皇が「雲の上の超然たる存在」として、「天皇が国家のあらゆる権能の根源と見做されていながら、現実にはその活動が儀典行為に限られていた事実こそ、天皇に対する些かの不満を抱くことがなかったと同時に、人間の虚栄心を満足させる点で、天皇は国中の人々の敬愛を一身に集める存在だった」(ヘンリー・ダイアー『大日本』実業之日本社、1999.12.31,50-51頁) というのは、一面の真実しか伝えていない。もう一面は、明治天皇が大日本帝国憲法に即して行われたように、日本型の「天皇親政」、つまり政局を注視し続け、政局が行き詰まった時、輔弼の臣の意見を徴した上で「公平な第三者」として調停を試みることだった (伊藤之雄『明治天皇』 ミネルヴァ書房、2006.9.10)。昭和天皇は、老練な輔弼の臣に恵まれないまま践祚されたために「公平な調停」に失敗して、昭和前期の政局動乱を迎えてしまうのである (伊藤之雄『昭和天皇と立憲君主制の崩壊』名古屋大学出版会、2005.5.10)。
以上の天皇論に関して、簡単には以下の拙稿を御覧頂きたい。
「万世一系の破壊」 (『関西師友』平成18年2月号)
「明治天皇の御親政」(同上、平成19年2月号)
「大正天皇と大正時代の空白」(同上、平成19年3月号)
「昭和天皇と大日本帝国の崩壊」(同上、平成19年4月号)
国家構造の二重性に話を戻す。国家国民の安泰と繁栄を祈る祭主としての天皇、その下で国民の安泰と繁栄を目標に統治する政治家。この二重構造こそ、日本史を貫く「権力安定化の二元構造」であり、危機を克服する基本構造であった。実権から距離を置く地位にあるので天皇は汚れる心配なく、美と神聖の象徴であり続けた。質素で権力者の奢りとは無縁な京都御所を見よ、伊勢神宮を見よ。
この麗しき国体を日本国民が再認識し再現するかどうかに、日本の危機克服の成否がかかっている。
台灣の場合、現行憲法では大統領制か内閣制かが曖昧であるが、元首=国民統合の象徴=清潔/行政の長=泥に塗れる役柄=適宜交代、という権力の二元構造を築くのが望ましい。米国型のように元首と行政の長を大統領に一元化すると、国家を代表する神聖な元首が時に泥に塗れることになり、権威が低下して権力を安定させにくくなる。
II. 文明史の観点:
cf. 安田喜憲『文明の環境史観』 (中公叢書、2004.5.10)
拙稿「動物文明から植物文明へ転換しよう」(正論『産經』2007.3.24,13面)
(1)シナ文明の原型は黄河文明 (乾燥地文明) である。北方から来た遊牧民が、乾燥農耕を営む農耕民と争い、勝った方が中原に君臨した。そして「縦割り専制支配」の「低信用社会」 (相互不信の人間関係) を築いてきた。シナの歴代王朝は王道を掲げて覇道を行い、徳治の儒教を表に出して内実は法家を用いてきた。シナで法治とは、厳刑を用いた見せしめ政治をいう。なぜなら、お上が出した法は、出した方 (官) も出された方 (民) も守らないから、威令を示すには一部の不幸な犠牲者を極刑に処して「見せしめ」にするほかないのである。伝統的に「お上は放火してもよいが、民は点灯しても罰せられる」二重基準の国柄である。官が民をひん剥く縦割り命令社会であり、官も民も横の連絡はない。寧ろ、横の連絡は叛乱の兆しとして阻止されるから、平等な共同体を形作る中産階級が育たない。しかも版図が過大で民は雑多な集合に過ぎないから、これを統治するには、専制支配しか方法がなかったのである。
シナ社会は、平等を基本とする民主制が育ちにくい縦割り統制社会なのである。人民にしても、「権力何するものぞ」という無法者は居ても、法の下の平等の上に秩序ある自治体制を築く独立自尊の中産階層は史上、かつて存在しなかった。そこで易姓革命によっていくら王朝が交替しても、統治の方法は千篇一律、「縦割り専制支配」が続くのである。だから中国社会に民主化を期待するのは、無いものねだりに等しい幻想である。シナ人は、力しか信奉しないから、力で抑えるほかないのである。
(2)宋以降、江南開拓が進み、長江文明 (湿潤地文明) が発達した。そして農耕民に二種類ありと判明するのである。
1.乾燥農耕文明=動物文明/力と闘争の文明/木を伐り森を拓く「資源を奪う文明」
羊や山羊を飼い、乳を飲み肉を食べる畑作 (麦+雑穀) 牧畜型。乾燥農耕文明は森を破壊し、水の循環系を壊す。世界の四大文明 (エジプト・メソポタミア・インダス・黄河) は、何れも乾燥畑作牧畜型の農耕文明である。欧米露中とも「お山の大將、俺独り」の覇権主義型文明だから、戦乱が絶えなかった。現在の欧米露中は覇を競った祖先の後裔であり、覇権追求型の発想法・行動様式を持つ。
動物文明の特徴をまとめると、一神教的・一元論的・指導者専制型・異端排除的だといえる。
2.湿潤農耕文明=植物文明/美と慈悲の文明/木と森を維持する「与え、受容し、循環させる文明」
稲作漁撈型。家畜は精々鶏と豚。主たる蛋白源は魚。木の文明・森の文明
湿潤農耕文明は環太平洋文明である。長江文明・台灣・日本・マヤ・アステカと連なっている。木は腐るので、これまで歴史に埋没して注目されて来なかったが、最近、「長江文明」が発見され、それが中国では黄河文明より古いことが実証されつつある (安田喜憲『大河文明の誕生──長江文明の探求』角川書店、平成12.2.29)。
植物文明の特徴をまとめると、 アニミズム的・多元論的・多種多様の棲み分けによる平和共存・合議型である。
3.美と慈悲の文明を高度に磨き上げた日本:日本が高度な植物文明を築いてきたことについては、多くの証拠資料や報告がある。
外国人の報告だけでも、例えば以下の通り。
先ず、戦国末期に来た基督教宣教師が居る。フランシスコ・ザビエル曰く、「日本人は、私が今日まで交際した中で最良のものであり、異教徒中、日本人に比し得べきものありとは考えられぬ」。オルガンティーノ曰く、「我等ヨーロッパ人は、彼ら日本人に比べると甚だ野蛮……全世界でこれほど天賦の才能をもつ国民はないと思われる」(以上、何れも松田毅一・E.ヨリッセン『フロイスの日本覚書』中公新書、昭和58.10.25,42/49頁)。ルイス・フロイスも「日本人は多くの点でスペイン人に優る」と述懐している(フロイス『日本史1』中央公論社、昭和52.10.20, 22頁) 。
幕末開港によって日本に来た外国人も、日本人の礼儀正しさと国土の清潔さ、美しさに感嘆した。「もののみごとに人間の手がはいった精巧な田畑を前にして、それを農業とは思えず、『園芸』horticultureと表現した」「日本は近代世界史 (西洋史) に、農村も都市も水緑したたるガーデンアイランズ garden islands として登場したのである」 (川勝平太『海洋連邦論──地球をガーデンアイランズに』 PHP研究所、2001.1.19, 107頁) 。
明治以降の訪日外国人では、日本を外見上も内面的にも美しさが満ち溢れている「神の国」と讃えたラフカディオ・ハーン(例えば『神国日本──解明への一試論』平凡社東洋文庫 292、昭和51.7.14)、そのラフカディオ・ハーンが描いた神々の国日本を見たいと訪日し、「神様はよくぞ人類にかくの如く謙譲にして且つ篤実の国日本という素晴らしい贈り物を下さったものだ」と感嘆したアインシュタイン (金子務『アインシュタイン・ショック(1) 大正日本を揺がせた四十三日間』。河出書房新社、新装版 1991.4.28) 、日本文化を讃えたフランスの外交官、ポール・クローデルらが居る。
日本の観察者・研究者・分析者であるイタリアのフォスコ・マライーニは、西欧と全く別の道を辿って西欧と並行しながら独自の「成熟した、光輝く高度の文明」を築いた日本に感嘆してこういう。「日本はショックであった。日本は私を目覚めさせた。……この国ではどちらを向いても道徳的一貫性、正義感、精神的成熟を示す事例を目の当りにすることができた」(F.Maraini, in Ronald Bell ed.,The Japan Experience,New York, Weatherhill, 1973,pp.12-13/S.N.アイゼンシュタット,梅津順一・柏岡富英訳『日本:非核文明論的考察』岩波書店、2004.7.9,7頁) 。
ここでは最近の報告として、四川省成都出身の中国人、石平さんの報告を引用しておこう。以下、石平『私は「毛主席の小戦士」だった』(飛鳥新社、2006.10.19)の第五章、私が見惚れたこの「美しい国」日本──より。
日本に来る前の私
幼少の頃、祖父から叩き込まれた古典の中に、『論語』と共に「唐詩宋詞」があった。私が最も好きな唐詩の一つが杜牧の「江南の春」である。
千里鶯啼緑映紅/水村山郭酒旗風/南朝四百八十寺/多少樓臺煙雨中
だが中国は歴史の中で伝統を破壊し、特に文革では「毛沢東邪教」が中国の伝統文化を根こそぎ壊し尽くした。かくて中国は、自国の伝統から全く断絶した異質な国になった。そこへトウ小平が実利主義的市場経済を導入して、「13億総拝金主義」の史上最悪の資本主義社会になった。私のような要領の悪い時代後れの中国人は、仏教でいう「厭離穢土」と見紛う気持になり、独り「唐詩宋詞」でも詠んで、遠い昔の「古き良き時代」にささやかな心の慰めと、わが民族の失われた理想郷を求めるしかなかった。
京都で見つけたわが心の「江南の春」
1988年4月に日本に来た私は、5月に私の日本留学を助けてくれた中国人留学生の親友が、日本人の彼女と一緒に、私を京都観光に案内してくれた。日本に来て初めての物見遊山である。
小雨の降る5月の日曜日。案内されたのは嵐山、嵯峨野周辺だった。阪急電車の嵐山駅から歩くこと数分、桂川の畔に辿り着いた。一面の景色が目の前に拡がった瞬間、私は息を呑んだ。
新緑に抱かれる山々が、乳色の山霧に霞んでいる。山の麓からは、青く澄んだ川の水がゆったり流れてくる。古風な橋が清流の上に優雅に跨がり、川の向こうには伽藍らしき屋根が幾つか、煙雨の中でかすかに見えている。さながら一幅の水墨画のような恍惚境であった。私は暫く言葉を失い、二人の連れの存在も忘れた。ただ目を細めて、静かに、心ゆくまでうっとりと目の前の景色を眺めていた。
生れて初めて目にした嵐山の景色。しかし どういう訳か、見知らぬ風景ではなかった。どこかで見たような懐かしい思い。間違いなく、自分の心がごく自然にその中に融け込むような「馴染み」の光景。
やがて「水墨画」の中を逍遥した。感動と感慨の連続であった。この周辺を半日歩き回っても全く飽きることはなかった。生れて初めて沢山の寺が甍を争って雲集する光景を目にした。生れて初めて厳かで奥行きの深い仏教の世界に出会った。歩きながら私は静かな感動を味わっていた。私が目にしているのは、正にあの杜牧の「江南の春」が詠った光景の再現であった。
この時の感激は、言葉で言い表せない。日本に来て一ヶ月、私は初めて本当の「日本」に出会い、日本の心と伝統に触れた。私にとって、日本の心と美、日本の伝統と文化とのこの最初の出会いは、そのままわが祖国の失われた伝統と文化の面影との最初の出会いであった。……(以下略)
(3)第二の千年紀 (1001〜2000) は「力と闘争の時代」「環境破壊の時代」
第三の千年紀 (2001〜) に人類が生き延びるには、「美と慈悲の文明」が主流になる必要がある。
「奪う文明」は環境を破壊し、人類の生存基盤を破壊し、従属を求めて戦争を多発させ、共存共栄を阻むからである。
「美と慈悲の文明」である植物文明は優しいため、第2千年紀には「力と闘争」を振りかざす動物文明に屈伏してきた。第3千年紀が人類自滅の千年紀にならぬためには、「力と闘争」にはやる文明に対する抑止力を、植物文明が持たねばならない。
抑止力を持つための方策を考える上で参考になるのが、地政学的考察である。
III.地政学の観点:
cf. 曽村保信『地政学入門──外交戦略の政治学』 (中公新書、昭和59.3.25)
松村 邵『三千年の海戦史』 (中央公論社、2006.6.10)
(1)大航海時代以来、海を制する者が世界を制した:sea power vs.land power
資本主義〜世界システム=世界中の富を経済的後進地域・西欧に集める仕組
内陸の深い大陸国は不利 (陸運コスト が 水運に比べ、桁違いに高い)
中国が大運河を掘った理由=陸運より水運の方が「大量」「格安」なため
海のアジアと陸のアジア
アジアは伝統的に海洋国と大陸国がくっきり分かれて存在してきた。シナは元がユーラシアの東西を陸上と海上で繋ぐ一大貿易帝国を作り上げたが、元がシナから引揚げたあとのシナ王朝は、明も清も海禁策を採り、自給自足の大陸国の伝統に戻った。
シナが大陸国であることを端的に示すのが「中国はもはや龍ではない」という主張である。この主張は、上海で出ていた『世界経済導報』1988年3月21日号に掲載され、1988年6月12日から6回連続で放映された「河殤」という作品に於いて主張された。龍と黄河が象徴する中国文明はすでに衰弱し、老化した。大陸国を代表する黄河文明を棄てて工業文明=海洋文明に切り換えないと、中国に前途はない、という主張である (蘇曉康・王魯湘『河殤』台北・風雲時代出版社/金楓出版社、1988.10./辻康吾・橋本南都子訳『河殤』弘文堂、平成元年3.25) 。
農業は土地に密着し、自給自足的だが、工業は多くの原料を組合せて加工するから、原料供給国との貿易が不可欠である。また機械により大量生産するから、輸出先の確保も不可欠となる。つまり、対外貿易が不可欠である。そして貿易は平和と友好協力関係が確保できないと安定せず、長続きもしない。この点、外資導入で繁栄しながら、せっせと軍拡に励み、力を誇示する中国の態度は、人類の平和・安定・繁栄に貢献するものとは言い難い。発想法・行動様式の根本に、大陸国・覇権国の独断と独善を含んでいる。そして中華思想とは、この大陸国・覇権国の独断と独善の結晶である。
日本も台灣も、こういう国を燐国としていることをよくよく承知しておく必要がある。
(2)海洋国日台は、大陸国中国と利害を異にする
大陸国=支配・統制中心:上下関係→ゼロサム社会 (支配するかされるか)
海洋国=交易・機能中心:平等関係→プラス サム社会 (利用すれば足りる)
この観点から、台灣の歴代総統を論評してみよう。
蒋介石:「大陸中国」の覇権争い(「一中」を争う「二中」)を終生続けてやまず。
「反攻大陸」「光復大陸」がそのスローガンである。だから蒋介石は台灣から奪うだけで建設しなかった。これでは、鄭成功と同じ運命(政権滅亡・吸収合併)が待っていた筈だが、東西冷戦の激化によって米国に保護され、辛うじて生き延びた。
蒋經國:外来政権である「中華民国政権」(蒋家政権)が台灣で生き延びるには「貿易立国」しかないと考え、高雄に輸出加工区をつくって「四匹の小龍」の先頭を切って走る一匹に育て、「海洋立国」した。海洋立国策成功の基礎に、日本統治時代の教育とインフラ整備、台灣人の勤勉、米国の台灣支援がある。しかし「一中」の看板(「漢賊不両立」の建前)を棄てなかったので、カーター大統領に見捨てられた。危機に瀕した蒋經國の窮余の一策が、蒋家独裁の断念と国民党の改革指示による「外省人支配の維持」策である。
李登輝:掛け声だけで実態が伴わなかった蒋經國の「党改革指示」を大義名分にして、台灣の自由化と民主化を実現した。中国国民党を台灣国民党に変質させたと言ってよい。李登輝こそ、正に「台灣民主主義の父」と称するに足る偉人である。
2000年の総統選段階に於ける李登輝構想はこうだった。もう二期8年、連戦に総統をやらせてその間に民進党を育て、2008年に政権交代を行って台灣の民主化を完成すると。この構想が宋楚瑜の立候補で、予行演習として立候補したに過ぎなかった陳水扁に漁夫の利を与えて総統にした。このとき民進党に政権担当の用意なく、「資金・人材・政策構想等々」ないない尽しのまま政権を担当する羽目となった。
国民党の方も、李登輝が宋楚瑜派によって国民党から追い出され、「外省人」連戦 (半山の父に育てられ、中国生れ・中国育ちで外省人を妻とする) に国民党を乗っ取られた。連戦の下で台灣化しつつあった国民党は、元通り中国国民党に先祖返りした。
李登輝の台灣海洋国路線は、外省人の中国大陸国路線に引戻されたのである。
陳水扁:早産政権。対外関係に未知・未熟な土着政権・田舎政権。口舌の徒がつくった観念政権。お人好しの台灣人が準備なしに政権を担当し、思いつきで政策をいじったゆるふん政権。
問題はあったが、「問題あり」「準備不足」を充分自覚して対処していれば、つまり孫子の兵法にいう「彼を知り己を知らば……」を実践していれば、大過なく過ごせた上、台灣の国際的地位を着実に固められた筈である。というのは、台灣には李登輝の民主化のあと、歩むべき道は一本しかなかったからである。
「米・日と提携しつつ台灣の自由・民主を堅実に成長させること」
ところが、米・日との連携が拙く、しばしば思いつきの政策を打出してブッシュ政権を怒らせてしまった。内政でも国会で多数を占める野党に振り回され、言行ともに振れが大きく、過度の妥協と過度の挑発的言動で政局を不安定化して、台灣が基礎固めすべき貴重な時間を空費した。この間、中国は外資を引込み、経済・軍備とも着々と強化したため、中台の国際的地位は大きく開いたてしまった。陳水扁総統と新潮流系の無定見政策運営は、台灣に致命的な立遅れを齎した。台灣の海洋国路線を忘れ、大陸中国に資金・技術・人材を大量投入したからである。
2008年の台灣総統選は、台灣が中国寄りになって島国の特性を殺すか、それとも米・日寄りのまま海洋国路線で踏ん張るかの分かれ目になるであろう。そして、台灣が中国寄りになるか、米・日寄りの自由貿易国に留まるかは、西太平洋が中国の海になるかどうかを決め、地球規模で勢力均衡を揺るがす重大な分岐点となる。中国も台灣の野党もそれをよく心得ているのに、それほどの重大事と認識していない人が、台灣にも日本にも米国にも沢山いるのが、台灣の危機の根源である。
IV. 結 論:湿潤農耕文明を基盤とする日台が乾燥農耕文明を基盤とする中国と平和共存
するには、中国に屈伏することなく存続せねばならない。その要件は以下の四つ──
1.賢い指導者を推戴すること。
2.国論を分裂させず、相手に付込む隙を与えないこと。
3.多元的価値を認め、異質的なものに寛容であること。
4.秩序を乱す悪徳勢力を牽制し抑え込むだけの智慧と実力を保持すること。
核戦力を保有しないと発言権が生じない
そして目下の焦点は第四項目にある。侮らせぬ「実力」を持たない限り、生延びられない。その実力の中核は、核戦力の保有である。
なぜなら、第一に、高性能の移動式ICBM・SLBMを獲得した中国と、米国が戦う筈がないからである。米国が提供すると称する「核の傘」はすでに無効である。ならば日台が核を持たずにいれば、何れ中国の核恫喝の下、その言いなりにならざるを得ないであろう。
日台が核を持たねばならぬ第二の理由は、第二次大戦以降、国際社会では、核保有国の言い分しか通らぬ構造になっていることである。だから北朝鮮の如き極貧国でさえ核保有を目指し、それを米国に認めさせた。この段階で、東アジアは核保有国(米露中朝)と非核保有国(日韓台)とに分裂し、核拡散防止条約 NPTは雲散霧消したのである。
韓国は北朝鮮との連携〜合体により核保有国になる道が開けている。残る日台は、今のままでは、やがて核保有国の言いなりになる運命が待ち構えている。今や断固、核保有を目指し、この力で覇権国の横暴を抑えつつ、美と慈悲の文明普及に努めるのが、湿潤農業に基づく優しい文明を築いてきた日台両国の使命と考える。
念のためひとつ申し添えておくと、日台両国の核武装は、核保有国の勝手な振舞いを抑えて美と慈悲の文明を守り、普及させるためである。
念のためもうひとつ申し添えておくと、日台両国の最大の交渉相手は米国であって中国ではない。世界最強の力を持ち、行使する国には、賢い忠告者が不可欠なのである。
cf. 伊藤 貫『中国の「核」が世界を制す』(PHP研究所、2006.3.8)
平松茂雄『中国、核ミサイルの標的』 (角川書店、2006.3.10)
平松茂雄『中国は日本を併合する』 (講談社インターナショナル, 2006.3.15)
中西輝政『「日本核武装」の論点』(PHP研究所、2006.9.19)
(日下公人・平松茂雄・櫻井よしこ・西岡力・伊藤貫・兵藤二十八らの執筆談話)
片岡鉄哉『核武装なき「改憲」は国を滅ぼす』 (ビジネス社、2006.11.2)
平松茂雄『中国は日本を奪い尽くす』(PHP研究所、2007.3.9)