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以下は『関西師友』平成19年5月号に掲載された「世界の話題」 210号の拙文です。
読書紹介ではありませんが、ご参考までに掲載します。
「台湾:政界再編の波」
──『壹週刊』李登輝発言の真意──
李登輝発言の波紋
一月末、李登輝前総統の発言が話題になりました。記事の見出しに「台独を棄てて中国資本を導入せよ」「李登輝曰く、大陸へ行きたい」とあったからです。掲載した『壹週刊』は香港資本、つまり中国資本の大衆誌で、取材が1月29日、発売が1月31日。そして話題になった31日の『壹週刊』発売当日の午後、同じく香港資本の有線テレビ TVBSが李登輝さんを取材し、即日放映しました。私は インターネットで対談記録を手に入れました。
台湾本土派の雑誌『新台湾』や新聞『自由時報』でなく、民視テレビ でも三立テレビ でもなく、中国系の メディア を使い、「独立論など有害無益」「台湾を中国資本に大胆に開放せよ」「観光客もどんどん来て貰え。中国人が全てスパイじゃあるまいし」というのですから、台湾本土派の緑陣営は騒然としました。
「李登輝は親中派に転向した」という人あり、
李登輝友の会の委員を辞退した人あり、
「これまで李登輝を尊敬してきたが、今後は尊敬するのをやめる」という人あり……
この直後の本土派の集会では「李登輝は総スカンだった」とのことです。
親中反日になった?
李登輝さんはその後、2月2日に SAPIOで井沢元彦と対談します(14日・28日発売号に掲載) 。
3日に『自由時報』の インタヴュー →4日掲載
7日に『産經新聞』の インタヴュー →12日掲載
3日には、台聯の黄昆輝新主席が『壹週刊』発言について十箇条の弁明をしています(ネット の 『台湾週報』に掲載)。
日本でも「李登輝は反日親中に転向した」という人が現れました。元共同通信記者で現在台湾在住、民進党国際部に務める酒井亨です。「台湾の声」への書込み、『週刊現代』3月10日号などでも書いていますが、3月1日発売の『諸君!』四月号掲載論文が代表的です。
その論点は二つ、
(1)陳水扁総統を汚職塗れと批判し、中国国民党の馬英九前主席を清廉というのは不当な民進党叩きである。
(2)中国資本や中国人観光客に台湾を開放せよという点は台湾を中国に売り渡すものだ、台湾を中国に開放すれば、その行き着く先に併呑が待ち構えているのだから。
これに対して日本で「李登輝は転向などしていない」という反論が相次ぎました。
問題:一体、李登輝さんは何を言いたかったのでしょうか?
民進党への宣戦布告
李登輝さんが変った、いや変っていないという論争はあまり意味がありません。それより、李登輝さんがこれまでになく、中国系メディアを選んで刺激的な発言をした真意を受止めねばなりません。
今回の李登輝発言の主旨は二つあります。
第一、与野党睨み合いによる台湾政治の膠着・停滞からの脱却です。
李登輝さん曰く、対立を深めるだけの独立論をやめ、生活苦に悩む庶民を救え。中国資本や中国人観光客を導入して景気を回復せよ。
台聯を「民主社会党」と改名し、路線を「中間左派」に切替えるのも、不景気に泣く庶民を救うためです。中国資本の還流も、中国人観光客の誘致も、すべてこれ、台湾経済を活性化するためです。少なくとも、狙いはそうです。
(酒井さんは「中国に門戸開放しても台湾経済救済にならない、中国併呑に道を開くだけ。中国人観光客がどっと押し寄せれば、日本人は台湾に来なくなる」と言います)
第二、民進党への宣戦布告。台聯が昨年末の台北・高雄市長選に独自候補を立てたのも「腐敗塗れで民主化を忘れた民進党」見放し宣言でした。
(だから台湾本土派の有権者は危機感を燃やし、台聯候補に殆ど票を入れませんでした。そのお蔭で高雄では僅か1114票の差で緑陣営候補が勝ちました。もし高雄も国民党が通っていれば、台湾本土派は意気消沈し、回復不能なまでに失望感が拡がったかも知れません。この点で、緑陣営を二つに割った台聯の立候補は、台湾本土派の壊滅を招きかねない頗る危険な行動でした)
政界再編・世代交代
この遣り取りを見ていると、世代交代と政界再編に迫られる台湾の姿が浮上がってきます。
第一に、左翼リベラル観念路線の民進党も、金権支配の国民党も、台湾の主流民意からすれば偏っています。台湾の主流民意はもっと現実的・実務的で幅広く穏やかな改革路線を望んでいます。民進党は中産階級と実務家層の支持が必要だし、国民党は脱中国人化(台湾化+法規遵守)が不可欠です。
第二に、台湾主体意識が進む20歳代の若い世代を、民進党も国民党も掴む努力が足りません。だから若い世代は、政治にも選挙にも殆ど興味を持たないのです。
(尤も、彼らの台湾意識は ナショナリズム・民族主義ではなく、コズモポリタニズム です。国籍なし。踏みとどまって戦ったり守ったりする「核」のある考え方ではなく、いざという時には「逃げ出す」体の台湾意識です。だから少数でも結束し行動する「在台中国人」勢力が一定の力量を発揮できるのです)
結論=台湾政界は、抜本的な世代交代と意識の変革が進行中です。
日本を懐かしむ70歳代以上の世代は消えつつあり、蒋家独裁時代に中華思想教育を受けた60歳代〜30歳代の中年世代の曖昧だった台湾意識も、「台湾人による、台湾人のための政治」を目指す方向に変りつつあります。この意識の変化を齎したのが、7年間に及ぶ民進党の政権でした。野党の揺さぶりで何もできなかったように見える民進党政権ですが、有権者の意識を変動させた点では、絶大な効果を発揮したのです。ですから、馬英九のように中華意識に凝り固まって「究極的統一」などいう台湾に同化しない「外省人」=「在台中国人」は、台湾では通らなくなっているのです。
(伊原駐:馬英九は台北の下町「萬華」に育ちながら、台湾人とは付合わず、外省人とだけ付合って育ちました。しかも中華思想に凝り固まった父親・馬鶴凌から中華思想・帝王思想と反日教育を受けて育ちました。馬英九の人気は、90年代の在台中国人の人気者・趙少康が、統一派メディアのでっち上げた虚像であったように、統一派メディアが趙少康没落のあとつくり上げた虚像にすぎません。そして去年の陳水扁打倒運動・双十節の宋楚瑜殴り込み・台北市長特別費着服疑惑→起訴により、優柔不断・危機管理能力なし・市長として無能・とても総統の器でない、と思われ初めています。今後、総統選までの見どころは、馬英九が低下する イメージ をどう支えて有権者に売り込むか、です)
(それにも拘らず、馬英九に一定の人気がいまだにあるのは、やはり在台中国派メディアの圧倒的影響力と、先に挙げた「少数故に結束し行動する在台中国人」の意欲と行動力がモノをいうのです)
今、台湾では、「台湾人による台湾人のための台湾政治」を言わないと当選しません。一昔前の古い意識に囚われた政治家は、台湾での激しい選挙運動に勝ち抜けません。
(でも問題あり。台湾人はお人好しで呑気なこと、多数派だし結束しないこと、怒る人が少ないこと、等々)
李登輝提言への疑問
李登輝発言は、問題指摘と収拾の方向(正名・制憲による国家の正常化)は正しいのです。民主化をもっと進めよ、台湾経済の空洞化を避けよ、与野党は空虚な対立を避けよ、等々。
おかしいのは、攻撃の矛先が専ら民進党に向くことです。与野党対立の最大の原因は野党の横暴・ルール破りなのですから。
(伊原駐:野党が横暴である根本原因は、まぎれもなく、在台中国人の台湾人蔑視です。この点だけで、在台中国人は民主主義の担い手になる資格がありません)
2004年の陳水扁総統再選後、野党はあらゆる手段 (合法も非合法も) を使ってゴテ続けました。腐敗も、野党の国民党の方が、政権党である民進党より遥かに酷いのに、李登輝さんは「黒金は国民党より民進党の方がずっと酷い」と言います。これは明らかに独断であり偏見であります。
民進党政権は、未熟ながら健闘してきました。成果があがらぬ理由の大部分は野党の横暴です。民進党とその支持者を敵に回して、幅広い主流民意の結集ができるとは思えません。台聯のようなひ弱な勢力を中核にして台湾の主流民意が結集できるとも思えません。
李登輝さんは、何より大事な「主流民意結集」の方策が出せていないのです。
台湾の「主流民意結集」には、民進党を抱え込んでおく必要があると思います。
(07.4.10執筆/4.30補筆)